第40話 初めて経験する苦痛
ユーマンとの会話が終わり。女性の職員に、私が使用して良い部屋を案内される。
ギルド支部の3階部分が、宿泊施設になっていた。個室だ。浴室とトイレもある。木を加工したニンゲン用のベッド。机と椅子がひとつずつ。
「費用はいくらかしら」
「大人ひとり10ドール。子供ひとり4ドールです」
「……ドール。オルスの通貨、リーフでは無いのね」
「そうですね。キャスタリアで広く使われているのがドールです。リーフ換算ですと……。確か大体、1ドールは150リーフくらいですね」
「……なるほど。分かったわ」
私が値段を訊ねると、職員は不思議そうに首を傾げた。
「あの。支部長から代金は頂かない、とお伺いしております」
「……分かっているわ。それでも、答えてくれてありがとう」
「…………では、失礼いたします。何かご要件がございましたら受付までお越しください」
「ええ。貴女の名前は?」
「……? ディレ、と申します」
「ディレ。ありがとう」
「…………はい。失礼いたします」
終始、ディレは不思議そうにしていた。その原因は私の言動であることは分かるけれど、理由は分からない。私は何かおかしなことを言ったのだろうか。
私は必ず、一泊10ドールを払うつもりだ。何故ならこんな部屋。ベッド。サービス。私には用意できないからだ。明日から。きちんとギルドの仕事をしよう。
そう、思って。
「…………?」
汚れた服と身体を洗おうとした所で。ある異変に気付く。
「……なに、これ」
血だ。
服で気付かなかった。私の……足元から?
「えっ」
足から。違う。腿?
「あ……」
くらり。今度は頭が揺れた。床が無くなった錯覚がして。膝から崩れて、後ろ向きに倒れる。恐らく床に後頭部を打ち付けた――けど。痛くない。
「…………?」
痛い。
苦しい。身体の中が痛い。目眩がする。気持ち悪い。遅れて頭痛。頭が割れるような。
急に。
「……ぅ……」
天地が分からなくなった。痛い。息苦しい。頭と……。
お腹だ。下腹部。何がどう痛いのか言葉では説明できないような痛み。本当にお腹なのか疑ってしまうほど、訳が分からない苦しみ。
「…………っ」
何だこれは。知らない。分からない。
怖い。
とにかく、何か。しなければならない。どうすれば良いのかは全く分からないけれど。
何か。
私は這いずって、浴室へ上半身だけ転がり込む。手を伸ばし、水を得ようともがく。赤い。どこかで手を切ったらしい。けれど痛みは無い。そわそわとこそばゆい感覚だけ。
怖い。
分からない。
どうすれば、水は出てくるのだろう。ああ。ディレに訊くべきだった。キャスタリアの……いや。ニンゲンの文化は知らないのだから。屋上に貯水槽を置いておけば3階でも水を汲めることは想像できるけれど。実際の、この機械? 設備の使い方は知らない。
とにかく血を止めたい。あちこちから出ている気がする。いやこれは、擦り傷だ。多少は問題ない。
激痛。鈍痛?
お腹だ。それが原因で、私の股の間から血が出ていると、なんとなく察した。原理は分からないまま。
頭が割れる。手で抑えようとすると、濡れた感覚があった。
耳からも出血しているらしい。
違う。鼻からも。
「……ごぷ……」
喉からも。
水。
無いなら、出せば良い。水の魔法。
「……っ」
体内の魔力が乱れている。意図せず勢い良く噴き出した水は、半分浴室に入りかかっている私の太腿の辺りから出て、向こうの机を吹き飛ばしたらしい。
「ぅあ…………」
無我夢中で、調節する。
やがて、僅かに楽になる体勢を見付けた。
仰向けで。
右手は額に。そして冷水を。
左手は下腹部に。そして温水を。
「…………ぅ」
そのまま動けず。痛みは引かず。
ついに私は、気絶したらしい。




