第39話 意思を尊重し合う自由の集団
「このエソンをもっと南下するんだ。川があってね。それに沿って行くと、港町に着く。そこにはギルドの船が停まってる。勿論表向きは商船だ。本部と港を往復してる。港町は色々とルールや監視があってね。国際警察に目を付けられないように、乗船管理はエソンでやってるんだ」
ユーマンの話は続く。ギルド本部へ連れて行くのに、港町ではなくエソンへと、ルーフェが私を向かわせた理由。
船に乗るチケットはエソンでしか手に入らない、と。
私はルーフェに貰った地図をガラステーブルに広げた。
「今年出た最新版だね」
「……あぁ。戦争の影響や未開地の探索で、地図も頻繁に更新されるのね」
「そうさ。……で、ここがエソン。こっちがその港町、ユダス」
外の世界で聞く会話、言葉は全て耳に入れるつもりで聞く。全て考察する。その意図を。行間を。情報を逃さない為に。
「ユダスにはギルド支部は無いのね。外国と交わる港町だから、かしら」
「その通りだよ。まあ元々ひとつのシプカだった頃は、普通に神正教国だったからね。メンバーの種族を問わない冒険者とは相性最悪。南シプカには支部は3つしかない。それも、ここ以外は規模が小さい。シプカの情勢にも影響されるし。中々難しいんだよ」
「…………1階で、依頼かと訊かれたわ。つまりあれは……。冒険者は戦争に参加しているということなのかしら」
「ああ。自由を勝ち取るための戦争だからね。今も、依頼なんかなくても。例えば街道で鉢合えば即戦闘さ。だって彼らは、僕らの仲間を根絶やしにしようって集団だ」
「…………」
戦争。巨大森にも、オルスにも無かった。彼らは冒険者なのに、冒険をしていない。自由に冒険する為には、その前に戦争をしなくてはならない。勿論他の国にも支部があるだろうけど。取り分けシプカの冒険者は、その仕事の中で戦争の占める割合が大きい筈だ。
「……治安維持……」
「その通り。君は本当に賢いね。さすが、あの女王の血を引く娘だ」
「母は賢者よ。間違いないわ。けれど私はまだ、母のように強くないわ。血がどうのというのは聞いたことが無いから、普通のエルフの噂なのね。私は普通のエルフの文化も知らないから」
「……ああ。いずれ、分かる。知る。君はまだ11歳。まだ始まってもいない。……話を戻そう。君がエソンに来たことを、本部に連絡する。それから本部への入港手続きだ。だからあと数日はここに留まってもらう。この支部には宿泊施設もあってね。そこを使ってくれて良い。1階にはレストランもある」
会話が、成り立っている。不思議な感覚だ。けれどこれが、本来の会話なのだろう。結論を急ぐというのは、時と場合、相手を選ぶのだ。
「仕事は?」
「ん?」
ここまで会話ができれば。私からの質問も良いだろう。その空気感を察した。
「寝床と食事を私に用意してくれるのでしょう。ならば働かないといけないわ。私は客のつもりで居たくないし、恩を受けたままにしておけない。私の魔法は、治安維持に貢献できると思うわ」
「…………なるほど」
聞いてくれた。しかし反応は弱い。彼は私がそう切り出すとは思っていなかったみたいだ。
「……育った文化は、その人の人格と信念を形成する」
「?」
けれどすぐに、またあの微笑みの表情に戻った。
「シプカ……。いや。キャスタリア大陸では基本的に、子供には働かせないんだ。勿論家庭の事情で働かざるを得ない所もあるが。……エルル。君は良い。ギルドは余裕がある。君が危険を冒す必要は無いんだ」
「……他国の文化や観念を尊重したいけれど。私は納得できないわ。キャスタリアでは子供の意志は尊重されないの? これが私の、子供の我儘だとしたら、引き下がるけれど。でも私は巣立ったのよ。もう、親の手から離れているわ。自己責任の意味と重さも身を以て知って、分かっているつもり」
「…………ふむ」
私は11歳だ。それは周囲からは、当然に子供と映る年齢であり、私はそんな外見をしている。
ニンゲンとエルフ……はたまた他の亜人とで、成長過程は違うのだろうか。ニンゲンは何歳から大人なのか、決まっているのだろうか。
「では、少し考えてみるよ。君に斡旋できそうな仕事を。僕らは自由を掲げる集団だ。君の意思も勿論尊重したい」
「ありがとう」




