第37話 最大限の警戒と少しの興奮
ファルの話では、エソンには冒険者ギルドの支部があるらしい。私はそこへ行こう。まずはルーフェと、ルフと。ヒューイへの義理だ。
それと、少しの興奮がある。冒険者とは、どのようなものなのだろう。
「着いたよ。あのデカい建物がギルド」
「ありがとうファル。トット。助かったわ」
「うん。あっちの方へずっと行くと、あたし達の会社がやってる農場があるんだ。困ったらおいで。また抱き締めてあげる」
「……ええ。ありがとう」
冒険者ギルドは、国際的には犯罪者集団だ。だけど、南シプカでは合法になっている。南シプカは自由の国なのだ。敵対している原理主義者さえも素通りなように。
エソンの街。
自由が故に滅茶苦茶で混沌としている……と思いきやそんなことはなかった。普通のニンゲンの街に見える。中心のバザールには人が多い。ここは国境より少し遠いから、戦争の影響は少ないのかしら。
ファル達と別れて、冒険者ギルドへ向かう。道中、私へ視線を向ける人は居たけれど、関心は薄そうだった。他にエルフもドワーフも街を歩いている。私はニンゲンの街に、エルフとして紛れ込んでいる。目立っていないのだ。
少し心地良い。
異国の風を耳で感じながら、ギルドの扉を開いた。
◆◆◆
キャスタリア大陸南シプカ、エソンの街。冒険者ギルド支部。
巨大樹の根ほどの大きさの大きな建物だ。木材と金属を組み合わせた建物に見える。巨大森には無かった建築様式。全体は円形で、開いた傘のような屋根が特徴的だ。窓を見る限り、3階建てらしい。
「いらっしゃいませ。ご依頼ですか? 登録ですか?」
入口、入ってすぐ側に受付があった。若いニンゲンの女性だ。朗らかに笑い掛けてくる。当然悪意は感じない。
「……オルス国イール市の亜人カウンセラー、ルーフェの紹介状があるの」
「かしこまりました。拝見いたします」
受付の女性に紹介状を渡して、確認して貰っている間に、中の様子を見てみた。
1階はひとつの大きな部屋が中心だ。4〜6人ほどが掛けられる丸テーブルと椅子が並べられており、建物の壁一面が掲示板になっている。依頼、というのが貼ってあるのだろうか。数人のニンゲンがそれをまじまじと確認している。
いくつかのテーブルにもちらほらと人が居る。全部で20人ほどだ。奥の方はパーテーションで区切られていて、きっとあの向こうに階段がある。
冒険者と見られる人達は様々な格好をしている。シャツの人も、コートの人も。武器を持っている人も、丸腰の人も居る。職員はかっちりした制服だ。
男性も女性も居る。ニンゲンもエルフも居る。
「お待たせいたしました。エルル・アーテルフェイス様。2階応接室へご案内いたします」
「……? アーテル、フェイス?」
「あっ。失礼いたしました。ではこちらへ」
「…………」
受付の女性は私の名前を間違えてから、カウンターから出て、パーテーションの向こうへ私を案内した。
森の外ではエーデルワイスは名乗らないつもりだ。けれど、ギルドはきっと、エーデルワイスの娘として私を見る筈。
ならばアーテルフェイスとは、なんだ?
「……もしかして父の名前?」
「申し訳ございません。それも含めて、支部長にお訊きください」
会話が要領を得ない。ニンゲンの女性の特徴なのだろうか。いや違う。ファルとは普通に会話ができた。
まあ、良い。約束通り、私はここへ来た。話があるなら聞こう。その上で、判断しよう。
階段を登り、2階の廊下を進んだ先に。支部長室の扉。女性がノックする。
「どうぞ」
「……ええ」
先へ進む。中へ入る。
「やあ、エルル。会いたかった。来てくれてありがとう」
真っ直ぐ目の前に、男性がデスクに座っている。女性から紹介状を受け取って。
ニンゲンだ。私は気付かれないように息を整える。大丈夫。
悪意は無い。大丈夫。
いきなり襲われても抵抗できる。警戒は解かない。最大限にしつつ、それを気取られないようにする。
いずれ必ず、克服しなければならないのだから。ニンゲンの男性を。
「初めまして。あなたが私の父親かしら?」