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エルフの姫  作者: 弓チョコ
第2章:自由という重い責任
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第36話 種族差別論争の最前線

 私は自由。

 それは、無秩序であるということ。私を守る法は魔法のみ。全てに縛られない代わりに、全てを対処しなくてはならない。

 それが自由。


「おーい。大丈夫かー?」

「……っ」


 後ろから、もう1台の馬車が来ていたことは気付いていた。けれど、あの神正教の馬車とすれ違ってから、意識の外に出てしまっていた。

 話し掛けられた御者の声は太く低い。男性だ。警戒しなければ。

 すぐに立ち上がらなければ。隙を見せてはいけない。


「ちょっと停まって。待ってトット。駄目よあなた。彼女怯えてるわ」

「えっ……」


 荷車から、女声が聴こえた。声の主は御者に言って馬車を街道の端に停めさせ、飛び降りてから私の所へ小走りでやってきた。


「!」


 と思ったら。

 抱き締められた。


「え……」

「分かるわ。怖かったわよね。後ろから、あなたの長い耳が見えた。さっき通りすがったのは、神正教の人達でしょ。きっとすれ違いざまに、酷い言葉を浴びせられたのね」

「……!」


 栗色の癖っ毛。白い半袖シャツにオーバーオール。ゴム製の黒い靴。


 暖かい、体温。


「もう大丈夫よ。旅人さん? 良ければ乗っていって。エソンまでだけど。温かい飲み物があるわ。毛布もね」

「…………あ……」


 熱い。

 ああ。知識ではそうだ。知っている。ニンゲンの平均体温は、エルフより0.5〜1度ほど高いと。

 暖かい。これは。


「ぅ…………」


 駄目だ。こらえろ。私は、エルル・エーデルワイス。


 エルフの姫。


「…………では。お言葉に甘えます。この国に来たのは初めてで。ついさっき、オルスから飛んできたのです」


 凛然と立て。今会ったばかりの異種族に。

 情けない姿は見せない。


「……ええ。じゃあ色々、教えてあげるわ。可愛いエルフのお嬢さん」


 悪意が全く無い。この女性は。

 本当にニンゲンなのだろうか。






◆◆◆






 馬車に乗せてもらう。初めての馬車。不思議な心地。家が移動している。座っているのに、椅子ごと動いている。


「あたしはファル。農商人よ。あっちの男はトット。あたしの会社の従業員。今日は都市部に農作物の商売に行ってきた帰りなの。よく売れて、荷車がスッキリしてて良かったわ。ああちょっと、サターン米の匂いがするかもしれないけど」


 栗色の女性、ファルは私にお茶を淹れてくれた。緑色。マーズじゃない。


「私はエルル。野良のエルフよ」

「……そっか。野良かあ」


 馬車は意外と揺れることはなく、スムーズに進んでいる。これも街道のお陰か。ゆっくりお茶を飲める。

 少し苦い。けれど温かい。


「……この国には、神正教が?」

「うん。その宗教対立で、国が南北に別れたの。あたし、北シプカに祖父母夫婦の家があるんだけど、もうずっと、何年も会えてない。基本的に通行禁止だから」

「宗教対立」

「そう。エルフからしたら変な話かもしれないけどね。ガチガチの正典原理主義の人達と、リベラルな人達との間でね。シプカは今、神正教の教義解釈を巡って完全に別れちゃってる。……あたしら市民からしたら最悪なんだけどね。リベラルな人も北に居るし、その逆もある。ただ、両陣営の指導者が南北にそれぞれ拠点を置いたってだけ。それだけで、あたしら家族は分断された」

「…………」


 ここまで言われれば。私でも分かる。ここはきっと、最前線なんだ。だから、冒険者ギルドとも繋がっているのだろう。


「……その解釈論争の中心は、亜人の扱いね」

「! そう。正に。エルルさん、鋭いね。そうだよ。亜人は世界的に、差別される立場から、保護される立場として徐々に浸透してきた。きちんと市民権を与える国も出てきた。神正教の教義通りに亜人を殺すと、罪になってきた。だから、国が別れた。これまで通りに亜人を迫害したい原理主義と、亜人をニンゲンの友人と認めて受け入れる新しい解釈と。……出てきたってだけで、まだまだ正典が常識として通ってる国が大半だけどね。で、このキャスタリア大陸で一番論争……抗争が激しいのがこのシプカなの」


 こんな、エルフにとって危険な所だと分かって、ルーフェは私をここに寄越したんだ。

 いや。

 知れて良かった。

 私は亜人であり、女性。


 知らなければならない。

 世界について。自分について。

 ニンゲンについて。

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