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エルフの姫  作者: 弓チョコ
第2章:自由という重い責任
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第34話 初めて知る限界と自由

 上へ。遥か上空へ。天へ。

 雲を突き抜け、風を従え。


 誰よりも太陽に近い場所へ。


「…………寒くなってきたわね。熱の魔法を使わなくちゃ」


 初めて知る。太陽に近づく程に、何故か空気は冷たくなる。息が苦しくなる。けれどこの苦しさは、心地良い。


 初めて識る。この天空の世界には、他に飛んでいるエルフは居ない。誰も居ない。

 鳥ももう見掛けなくなった。


 丸い。大地が丸くなる。やはり、球体だったのだ。地平線が円になっている。


 上は黒い。太陽の光に近付いている筈なのに、周囲は暗くなっていく。


「呼吸に必要な空気の精製。練習しておいて良かったわ」


 自身を、空気の球体で覆う。そのままもっと、上へ。もっともっと。


 やがて。


 私の上昇は停まった。


「…………風の魔法が、発動しない。……水の中で魔法を撃ったみたい」


 知識では、勿論知っている。けれど、実際に体験することは大事だ。

 風は、空気の移動のことだ。


 ここには、空気が無いのだ。ゆっくりと、落ち始める。


「わっ」


 違う。少し落ちて、また上昇。風の魔法が効く所まで落ちると、魔法が発動して上へ向かう。

 風船のようにふわふわしながら、それもやがて安定し始める。

 大地の重力と、私の風の魔法と、空気の密度が、丁度拮抗する地点で。


「……これを振り切ったら、その勢いのまま宇宙へ飛び出すわね。そうなると、空気が無いから、戻るのに苦労する。私を包んでいる球体の中の空気を押し出して逆噴射しなければならなくなる。…………この辺りが限界かしら」


 これ以上、上昇することは自殺行為だろう。私はいつでも、『飛び上がり自殺』が可能だった。それが今日、判明した。


「まずは、この大地の世界を、ヒトの社会を知りたいの。あなたのことは、その後よ。興味はあるから、いずれ。またね。……宇宙さん」


 上へ向けて。何も無い黒へ向けて別れの挨拶をして。

 風の魔法を解除する。ゆっくりと、均衡が崩れる。私を包む空気の球体は、重力に従って自由落下を始めた。






◆◆◆






 オルス大陸を出る。もうここに用は無い。西に。もっと大きな大陸がある。

 キャスタリア大陸。オルスが100年前の戦争で敗けた大国がある大陸。船で行けば、1ヶ月ほど掛かるだろうか。空を飛べば、数日だろう。私の全速力なら、きっと丸一日飛べば渡れる。

 どこへでも行ける。鳥に憧れ、自由を求めたヒトの話はいくらでもある。そして。


 それは正しかった。私は今、誰より自由だ。


「……? あれは何かしら」


 ふと地平線の向こうで、何かが光った。赤く、黄色い。遠すぎて全容は分からなかったけれど、自然の発光には見えなかった。きっと魔力だ。魔力の、爆発か何か。遠すぎて分からない。


「えっと。地図が必要ね」


 ともかく。

 遥か上空から、オルス大陸を逸れてキャスタリア大陸へ進路を向ける。ルーフェに貰った世界地図を広げた。この空気の球体の中では風も吹かない。


 目的地は、冒険者ギルド本部……ではなく。そこへ案内してくれる者の居る所。ギルド本部の場所は非公開らしく、地図や文字で残り、他人が見る可能性のあるような記し方はしないらしい。流石、ニンゲンの国際社会的には犯罪組織。その辺りは抜かりない。


「南シプカ。あの辺りかしら」


 風に乗って飛んで、3日。

 地図には書いてあるけれど、実際の大地に国境は引かれていない。地図を頼りに、恐らくここだろう、という地点へ落下していく。強風に煽られることは無い。私の風魔法は、強い。


 南シプカは、町の外での飛行魔法の制限が無い。ルーフェの言葉だ。一先ず信頼して、シプカへ向かう。あの、南側に出ている半島の国だ。


「オルスと比べると小さい国ね。北と南に分かれているのはどうしてかしら」


 オルスの外の歴史は余り勉強してこなかった。知らないことだらけだ。


 わくわくする。

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