第33話 綺羅びやかで嫌悪すべき夜景
夜。
『はい。これで外れたわ』
『…………』
音も立てずに、ルーフェがやってきて。無音のまま、私の魔封具を全て外した。
「…………」
立ち上がり、確認する。身体の、魔力の流れ。魔法の力。確かめる。正常に機能するかどうか。
『……今日のあれは、必要だったの? 随分と一方的で不快な裁判だったけれど』
声は出さない。エルフの会話を続ける。
『勿論。私達が、あなたの考えを理解するのに役立つわ』
『ああ……観ていたのね』
『ええ。あれが、あなたの自己紹介の代わりになった。あの質問者は少し可哀想だけれど』
病人に着せられる白い無地の服を脱ぎ捨てると、ルーフェから着替えを渡された。巨大森にもあった、エルフの衣装だ。深緑のロングスカートのワンピースと、所々に薄緑のラインが入ったコート。手元と足元を隠せるような意匠。魔法使い用の服だ。
『私の価値観は、あくまでも冒険者向きだと?』
『そうよ。……ほら、行ってらっしゃい。時間は余り無いわ』
『あなたは?』
ふわりと、窓枠に乗った。どうやら私の魔法は完全に機能するようだ。どこへでも、飛んでいける。もう二度と、油断はしない。この自由を手放さない為に、全てのことをやってみせる。
『私は、この街の亜人達のカウンセラーだから。離れられないわ』
『……そう。助かったわルーフェ。お礼をしたいけれど、この街にはもう来ないわね』
『それで良いのよ。受けた恩を感じているのなら、別の誰かに返してあげて。そうやって、巡っていくから。風のように』
『…………ありがとう』
正確には、まだ助かっていない。まだ自由じゃない。ルーフェに従って、冒険者ギルドへ行かなくてはならない。けれど。
『会えて良かったわ。エルフィナの娘。期待しているわよ』
『……?』
確かに、母を思い出すような笑顔だった。戦友と言っていたけれど。深くは訊かなかった。
私はそのまま、窓から飛び去った。
◆◆◆
ニンゲンの、夜の街を飛ぶ。
不思議だ。夜なのにとても明るい。キラキラしていて、輝いている。なのに。
恐怖と嫌悪しか感じない。私を犯した種族の街。
「…………はぁ。ふぅ」
大きな息が出る。昨日今日で、私の経験値は酷く歪なものになった。ニンゲンは危険な生物であると、身体に刻まれてしまった。目的を共有して解決を模索する、という『会話の基本』が通じない種族だった。これは性別は関係無い。ニンゲンならメスでもそうだった。
しかし。
しかしだ。
「……まだ、2日よ。エルル、落ち着いて」
自分に言い聞かせる。
まだ、早いと。
「たった数人。この世界にニンゲンは何億と居るのだから。限定的な地域で会った、たった数人との経験で、全てを判断するには早いわ。…………ふぅ」
感情的になり、ニンゲンとオスを全て否定してしまいそうになる。思い出せばすぐに、私の股間は痛みを思い起こさせる。恐怖が蘇る。しかし。
それを理性で、抑える。私にはそれができる、筈。感情的になって、周りが見えなくなっている者は、巨大森に居た。客観的に見て、あれは危険だ。私はああはならない。なりたくない。
私は主義者にはならない。
「最大限の警戒を。けれど、少しの期待を。私の冒険はまだ始まったばかり。……そこまで言うなら、行ってやるわよ。冒険者ギルド。もう二度と。油断しない」
あんなこと、きっと往々にしてあるのだ。だから、私がいつまでも引き摺るのもおかしなことだ。
切り替えよう。私はエルル・エーデルワイス。
どうにか賢者に追い付こうと、もがく愚者。
…………うぅ。




