第31話 最悪を回避する為の危険な会話
私はもう、後には引けない。
私がエルフの姫であることから逃げられないように。
私はもう、オルスではただの殺人者なのだ。
「……今は、休まれてください。またお話しましょう。エルルさん」
結論を先延ばし、問題を先延ばし、会話を先延ばし。この女刑事という者に、不信感が募る。まるで、私の方が会話ができないからとでも言いたげに。
やはり男女は関係無いのだ。合わない人とは合わない。育つ環境が違えば、考え方も何もかも違う。それだけのこと。
刑事はそのまま、やれやれと肩を竦ませて退室していった。
◆◆◆
『……エルル。あなたは、エルフィナの娘ね』
「えっ」
「はい?」
刑事と一緒に入ってきていたエルフから、奇妙な声がした。反応すると、ニンゲンの看護師が首を傾げた。
『エルル。この声はニンゲンには聴こえていないわ。悟られないようにできる?』
「…………!」
奇妙な声。しかし、女声だと分かる。確かに、ニンゲンには聴こえていないようだ。
『私はルーフェ。ニンゲンの社会で暮らすエルフよ。エルフィナとは……そうね。戦友って所かしら』
ルーフェと名乗ったエルフ。タートルネックニットのセーターと、その上に白衣。そしてタイトスカート。森では見掛けない格好だ。外見では年齢が分からないけれど、母と同じくらいだろうか。魔力も高い。
『…………こう……かしら』
『あら驚いた。一度聴いて真似られたのね』
やってみると、できた。なるほど。少しだけ、口の周りに風の魔法を使う。魔封具をされていても使える程度の微量な魔力で。この音はニンゲンには聴こえないのか。……エルフの耳にしか入らない声。ニンゲンの短い耳には届かない。
『この事件は、森に伝わる。このままではそこから、あなたがエルフィナの娘であるということも判明する。近い内にね』
『私はもう森を離れたのに、私のやったことに対する責任は、母に発生するの?』
『そうよ。あなたはまだ、子供だから』
『もう巣立ったわ』
『ニンゲンの社会では、認められないのよ。ここは、ニンゲンの社会だから』
『…………こんなところで。私の冒険は終わるのね』
『続ける方法は、あまり多くは無いわね』
『……冒険者ギルド』
『ええ。分かっているじゃない』
私は、このままだと。ニンゲン側の主張が優先されるような結果になり、きっと殺されるか、牢獄行きだろう。そればかりか、巨大森の名前にまで泥を塗ることになる。最悪だ。意気揚々と巣立っておいて。
この、ルーフェの言う通り。私に残された手段は、いくつもない。
まず、ルーフェにニンゲンのルールを破るリスクを飲んで貰い、魔封具を外して貰う。その条件はきっと、私と冒険者ギルドへの加入だろう。
そして、次に自殺。今すぐできるけれど、それで守れるのは私の尊厳と巨大森の名誉のみ。私の求めているものは手に入らない。
ルーフェの助けを抜きにここから脱出することは難しい。ニンゲンの看護師を魔法で催眠に掛けたとしても、魔封具を外す鍵を持っている訳でも無い。そもそも魔法を使う為には、この会話に使っているような、今辛うじて捻出している微量の魔力を、魔法が使えるくらい溜めなければならない。何日掛かるか。その前に私は裁かれる。
『エルフィナは元気?』
『……ええ。変わりないわ』
『そう。……じゃあ、父親は?』
『えっ』
そして。
私は現状このルーフェの、手の平の上だ。ニンゲンより、エルフの方が賢く強い。それは私にとっての危険度も比例している。
『気になるでしょう? だから森から出た。会いたくない? 彼に』
『…………分かったわ。あなたの言う通りにする。これで良い?』
『……ふふ。やっぱり。私の思った通り、話が早くて賢い子ね』
ああ。
エルフ同士の会話はどうしてこう、やりやすいのだろう。内容は置いておいて。
真意を隠す話し方はニンゲンも同じなのに。
ニンゲンの話し方は下手に感じた。いや、私が、ニンゲンと話すことに慣れていないから、私が下手なのかもしれない。
だとすれば私はまだ子供で、愚者のままか。