第300話 エルフの姫の愛すべき旅立ち【第12章最終話】
旅立ちの日。
いつも、思う。早いと。私にとって冒険は日常だけれど、エデンでの生活も日常なのだ。
もっとずっと、トヒアやキノ、ルルゥと居たい。それなのに、そろそろ行かなくては私が私でなくなるのだ。
二律背反。私はどちらも愛している。
「姫様。こちらです」
「ええ。ありがとう」
乗るのはアーテルフェイスの商船ではない。エーデルワイスの高速船だ。ミーグ大陸までは、送ってくれる。
港には、トヒアとキノとルルゥが来てくれた。母やルエフとはもう話は終えている。ルーフェ達も同じ。
「いやー、いつ立ち会っても慣れないね。送る日って。不安でどうしようもなくなる。今回は特にね」
トヒアは、いつもは見せない弱気を見せてくれていた。そんな彼女を抱き締める。
「大丈夫よ。今度の旅は長いけれど、いつものように帰ってくるから」
「…………うん」
「それより、今度私達が帰ってきたら、きっとトヒアはお祖母ちゃんになっているのよ。心構え、しておいてね」
「…………あはは。そうだね。おばあちゃんかあ」
名残惜しむように離れる。
「姫様」
「ええ」
続いて、ルルゥ。
恐らく10年後も20年後も、彼女のこのふわりとした抱き心地は変わらないのだろう。
「魔界は本当に怖い所です。少なくともオルスではそう教えられます。くどいとは思いますが、充分にお気を付けください。ルルゥは姫様の御身を何より案じております」
「ありがとう。心配してくれるの、嬉しいわルルゥ」
トヒアはルフとも抱き合っていた。ふたりは元々の知り合いだ。私よりも付き合いは長い。
「わたしもー!」
「ええ。おいでキノ」
今回は、キノはぐずらなかった。もう11だからだろうか。けれど甘えん坊で、私に飛び付いてくる。
「次に会う時は、きっとキノは大人のお姉さんになっているわね」
「うん!」
見送ってくれる、待っていてくれる人が居るというのは、本当にありがたい。勇気が湧いてくる。
幸せなことだ。
◆◆◆
私達はしめやかに出港した。船は3年前にオルスからエデンまで送ってもらった時と同じ高速船だ。
「キノ、最後までよく我慢してたな」
「ええ。強い子ね。別に泣いたって良いのに」
「笑顔で送りたいのでしょう。気持ちは分かりますよ」
寝室に荷物を置いて、看板へ出る。
「魔臓疑似生成魔法はどうてすか?」
「ええ。今の所は問題なさそう」
最初は風船を括り付けるようにしていた疑似魔臓は、お尻の上、腰の部分に、ウエストポーチのように付けることになった。ここで固定していれば、私の機動で取れたり的が大きくなったりはしない。
仰向けで寝る時は、両手で抱えることになる。まあ問題は無い。
この研究に時間を割かれて、結局エルフの弓矢については学び損ねてしまった。まあ仕方ない。
今から、魔力を蓄積させていく。一生。私はこの魔法を解くことは無い。
「でも、咄嗟の魔法はまだ普通に使っちゃうのよね。疑似魔臓から魔力を通すことに慣れないと」
「反復練習ですね」
因みにルフは、諦めたらしい。曰く、そんな器用な真似はできないと。
まあ、魔力侵食の無い彼女には無用とも言える。魔臓加圧用に疑似魔臓を作った所で、結局使用には彼女自身の肉体の酷使が必要だし。
「俺ももっと強くなる方法無いかな……」
私達の会話を聞いていたジンが後ろで呟いた。
「ファイアードラゴンのブレスを正面から素手で防ぐ男が何か言ってますよ」
「あはは。まあ、ジンはいずれ魔導剣を入手して今より強くなることが確定しているから」
さて。整理だ。
私達が目指すのは魔界、レナリア大陸の小国プレギエーラ。そこはオルス大陸森林エルフであるエーデルワイスの友好国で、軍事同盟締結の為にエルフの姫である私が使節として向かう。
レナリア大陸へはニンゲン界ミーグ大陸を経由する必要があるから、まずはミーグ大陸へ。
そこで高山のエルフであるイェリスハートを訪ねてから、大運河を渡り、レナリア大陸へ入る。
「3度目の冒険。楽しみだわ」
いつも思う。
この高揚感の為に、生きていると。




