第30話 個の生命より重い社会の法律
生き物は、同じ種族で暮らす。狼は群れを作る。同じ狼でも、種類が違うなら別の群れだ。
それを、『ヒトの都合で』無理矢理合わせると、不具合が起きる。
当然だと思う。
「こんにちは。具合はいかがですか?」
ふたり。部屋に入ってきた。恐らくは刑事と、もうひとりは……なんだろう。
ニンゲンの女性である刑事と、エルフの女性だった。魔力を感じる。
エルフが、ニンゲンと一緒に居る。
不具合は起きないのだろうか。私には起きたのに。
「エルフのお嬢さん、お名前は?」
「……エルル」
「ご年齢は?」
「11」
質問に答える。黒髪の短いニンゲンだ。20代半ばほどだろうか。
私はこれからどうなるのだろう。魔封具で拘束されていては、どうにでもされる。せめてニンゲン達からの印象を悪くしないようにしなければならない。そう思った。
エルルと名乗ると、彼女の後ろに立つ、長い金髪のエルフ女性が驚いた表情になった気がした。
「エルルさん。あなたは今、ニュースになっています。……それは男性をひとり、殺害したからです」
「…………」
このニンゲンは何を言いたいのか。それを見定める。
「殺人。家屋の破壊。そして、魔法の使用。3つの法律を破っています」
「だから、拘束されているの?」
「そうです。魔法は、簡単に人を殺します。だから、危険だと判断されている間は魔封具を付けさせて貰います」
納得できない。
その説明だと、私がただ、なんの正当性も無く勝手に人を殺しただけみたいだ。
……まさか。
「ここは、ニンゲンの国だから。もしかして、ニンゲンがエルフに対してレイプしても罪にはならないの?」
この可能性はある。ならば私は、こんな国からは一刻も早く立ち去らねばならない。種族差別があり、それに正当性が無いからだ。
「……いいえ。そんなことはありませんよ。どの人種だろうと、それは犯罪です。しかし、同じようにどの人種だろうと、殺人も罪です」
「納得できないわ。私はあの状況で、どうやって魔法を使わずに、彼を殺さずに、窮地を脱することができたの? 私に罪があるというのなら、この質問の答えをあなたは持っていなくてはならないわ」
「エルルさん、落ち着いてください。私は今すぐあなたを逮捕する、ということの為にここに来た訳ではありません」
「それは問題の先延ばしに聞こえるわ。実際に今拘束されている。逮捕でなんて脅かせないわよ」
「…………まずは、あなたのことを聞かせてください。巨大森から来たのですよね」
「…………」
色んなニンゲンが居る。それも知識で知っている。
結論から話さない会話が苦痛なのは、今経験として知った。
結局私はどうなるのか。何故まだ分からないの。
「魔法の使用が、オルスでは犯罪であることは知っていましたか?」
「勿論」
「なのに使用したと」
「法律とは、社会を目的通りに回す為にあるものよ。それは、少なくとも自分の命よりは軽い。死者になるか犯罪者になるか。特殊な例を除けば前者を選ぶ者は居ないわ。犯罪者になるくらいなら死ぬなんて本末転倒な思想は、私は持ち合わせていないから」
「…………」
なんて無駄な問答だろう。どうして今、生き物としての前提を、大人である彼女に教えてやらなければならないのだろう。ルルゥやルフとの会話ではこんなことは無かった。彼女達との会話は全て、意味のあるものだった。
「正当防衛だけど、悪いことをした……とも思っていませんか?」
「善悪の基準を、法律を決める側であるあなた達が定めるならば、私にその質問をすることは時間の無駄だと思うわ」
「…………ご自身の考えは?」
「私は、書類上ではオルス国民かもしれないけれど。それはあなた達が勝手に決めたことで、私は巨大森で育ったから。あなた達の国への帰属意識は無いに等しい。だから、所属していない組織のルールを破ったからと言って、その善悪や賞罰の価値観まであなた達の基準に合わせるつもりは無い」
「…………なるほど」
私は拘束されていて、何をされようと抵抗できない。罰するならばさっさとすれば良いのに。
時間の無駄。




