第295話 情けなく格好悪い幸せ
大森殿裏の山小屋。
トヒアの家では流石にできないから、私達はここに集まるようになった。
3年前に互いの想いを確かめ合った、あの小屋だ。
「………………」
既にふたりは来ているようだった。そして既に、ルフがやってくれたようだ。ふたりは屋根の上で並んで座っている。
私はなんとなく、小屋の玄関にもたれかけて、ふたりの会話を聴くことにした。ルフには魔力探知でバレているだろう。それも込みで。
◆◆◆
「……俺さ、聞いたんだ。魔界の、医療の話」
「はい。ああ、そう言えば言っていませんでしたか。異種族間では子供は生まれにくいのですが、亜人とニンゲンではさらに生まれにくいそうなのです」
「…………俺はさ」
「はい」
「姉ちゃん達を、守るんだ。絶対。何に替えても。命の限り。それだけはずっと、子供の頃から、俺の一番強く思ってることなんだ」
「はい」
「でもそれは、俺がひとりで思ってるだけでさ。姉ちゃん達は強くて、当たり前だけど冒険者をずっとやってて。俺なんかより、能力もあって。エル姉ちゃんなんかドラゴンを仕留めるくらいだ。魔法も使えない、ニンゲンの俺がって、思うよ」
「はい」
「ふたりは、それでも俺を受け入れてくれて。だから一層、強くならなきゃって思ってる。まだまだ俺は、昔の俺が思うほど強くなれてない。なれてないまま、魔界行きが決まっちゃって」
「はい」
「…………俺はどうしたって、ニンゲンだから。俺の命が尽きるまでは姉ちゃん達を守るけど。どうしたって、姉ちゃん達の方が長生きするじゃん」
「はい」
「それがさ……。情けなくて。こんなこと考えてウジウジして、当たり前のことで悩んでるのはカッコ悪いのは分かってるし、それを当のルフ姉ちゃんに言うのもホント情けないんだけど。……まだ俺はガキなんだよ」
「ジン。ガキで情けなくて良いです。言ってください」
「………………!」
分かる。
分かるよ。ルフ。
「ルフ姉ちゃん……!」
「はい」
「好きだ。こんな情けない俺を支えてくれるルフ姉ちゃんが好きだ。絶対に幸せにする。俺が生きてる間は一生守り抜く。だから俺と一緒になって欲しい。結婚して欲しい。俺の子供を産んで欲しい。絶対に、後悔なんてさせないから!」
「…………はいっ」
ジンは、本当は言いたいこと、やりたいこと、沢山あるのよ。私達に遠慮して、パーティリーダーである私を立ててくれている。
「……………………」
彼はヒューイの子だ。血は争えない。それは私が誰より実感してる。
彼は生まれながらの冒険者で、才能に恵まれて。リーダーだって、本来なら私より適任の筈なのよ。
「…………さて。ジン。あなたはヒューイ以上に、男の甲斐性を示さなければなりませんね?」
「うん。エル姉ちゃんも、登ってきてよ」
「…………」
ジンにもバレていたようだ。風魔法でふわりと、ふたりの元へ。
「聞いてた……よね」
「勿論。エルフの耳は飾りじゃないわ」
「……俺、全く同じなんだよ。エル姉ちゃんが好きだ。俺を冒険者の世界へ引っ張ってくれる姉ちゃんが」
「ええ」
「強くなるよ。エル姉ちゃんの夢、寿命が尽きるまで、死ぬまで手伝う。姉ちゃんの障害は全部俺が叩き潰す。どんなニンゲンより魔法使いより、ドラゴニュートよりだって強くなる」
「ええ」
「だから俺と結婚して欲しい。俺の子供を産んで欲しい。その子も俺が、絶対に守るから!」
「ありがとう。産むわ。絶対」
抱き締められた。
「!」
彼から来たのは、初めてかもしれない。びっくりしたけれど、それ以上に嬉しい。
そして。
肩を掴まれて。
キスをした。ルフともしていたのだろう。
「………………」
暑い。
心臓が、飛び出てきそうだ。
「ジンあなた、トヒアに何か言われたわね」
「うっ……」
「ふふ。良いわよ。それで良いの」
射精の後のプロポーズ。指輪も何も無い。母親に叱られた後のプロポーズ。ムードも何も。
幸せだ。
それ以外に無い。




