第294話 愛娘を褒める100年の蓄積
魔臓疑似生成魔法の実用化は思ったほど簡単では無かった。
まず、疑似生成魔法を維持するのが困難だ。これは魔力を使って疑似的に再現しているもので、私の手から離れると消えてしまう。
だから離さなければ良いと思い、私の管理下に常にあるように、魔力の糸で繋げた。
糸は弱かった。一緒に歩いて、風が吹く程度なら問題ないけれど、高速で走ったり戦闘機動をすると簡単に千切れてしまう。
戦闘時も、糸を切られないように立ち回る必要がある。魔力探知ができる相手ならすぐに分かるし、狙われる。
タンクを撃たれれば一瞬で弾け飛んで、せっかく貯めた魔力は雲散霧消する。
魔力ステルスで覆うにしても、その分の魔力は消費していくから結局効率は良いのか悪いのか。
課題は多い。
◆◆◆
「なるほど」
大森殿にて。
大魔法使いである母に助言を貰おうと、指導の後に時間を作ってもらった。ルフと一緒に。
「……聞いていると思うけれど、私は魔界に行ったこと……どころか。オルスから離れたことが無かったの。今回が初めての海外よ」
ひと通り説明して。母の言葉を待つ。
「だから、魔法は全て、私の母フェルナから教わったものなの。エーデルワイスの、森林エルフの、『自然魔法』が私の全てよ」
「……はい」
世間一般では、亜人といえばまず一番に挙がるのがエルフ種であり、エルフといえば、森のエルフ……つまり森林エルフ族。
個人を言うなら、まず人々が思い浮かべるのが、この大魔法使い、賢者エルフィナ・エーデルワイスだ。
けれど。
この人は26歳の時にニンゲンの国同士の戦争に森ごと巻き込まれて、娼婦をさせられ、約100年間、魔法を禁じられていた。
「エルル。私の魔力量、測れる?」
「…………」
子供の頃は、母の魔力は無限にも思えた。
20歳で再会した時、母はやはり偉大だと思った。
だけど。今。改めて、このエメラルドの目で見て。
「……分かりません」
分からない。質が高く、とんでもない量があるというのは分かる。けれど、どれくらいの量なのか。それを測れない。文字通り、計り知れない力を母の全身から感じる。
魔界の技術も、他の大陸の魔法すら無い、オルスの、エーデルワイスの魔法だけで。
「ルフは?」
「……同じです。非常に強く探知に反応していることしか分かりません」
母の強さの理由が分からない。100年魔法を封じられて、いきなり国境の守護に就けるのだろうか。
「私はね。100年間魔法を使わなかった。その間、100年分の魔力を、ずっと、体内に蓄積させていたの」
「!」
ずっと疑問に思っていた。確かルフから聞いた話で。母は、魔法を禁止される26歳の時点で既に魔術師だったのではないかと。
「今の私は、全身が魔臓のようなもの。100年分の魔力を一気に使って魔法を撃てるの。これができれば、まあ、どんな小娘でもそれなりに強くなるわよね。『オルスの要』に就けるくらいには」
違った。いや、26歳の時点で祖母と共に国防を担っていたからそれでも強かったのだろうけど。
母の強さの理由は、この『蓄積』だったのだ。だから、『大魔法使い』。厳密には魔術師ではない。ただの、森の魔法使い。その規模が桁違いなだけ。
「……この魔力蓄積を教えなかったのは、あなたが半分ニンゲンだから。魔力侵蝕があるから、あなたにはできないのよ」
「はい」
真似できない。シャラーラとは別の理由で、私は母に教えを請えない。
「けれど、侵食を回避して蓄積させるのに擬似的な魔臓を用意するという発想まで至ったのは凄いわね。流石、私の娘だわ」
「お母様」
頭を、撫でてくれた。
もう23になる娘の私に。




