第291話 互いに尊敬する人生の選択
「いってきまーす!」
11歳になったキノは学校に通っている。冒険者の訓練校ではなくて、港近くにある普通の学校だ。勿論エデンはどこの国にも属していないから国際的に認められるものではないけれど。
聞けば冒険者や商人達の子らや島のエルフ達も通う学校で、カリキュラムもしっかりしているのだとか。
「11歳。森を出た頃の私と同じ歳ね」
「えっ。そういやそうか。凄すぎないエルちゃん。今のキノがひとりで旅なんて絶対無理だもん」
一緒に見送ったトヒアが私を見て引いていた。
「私も失敗ばかりだったし、行き当たりばったりだったわよ」
「それでも。あの女王様もよく許したなって思うよ。心配に決まってるもん」
「……そうね」
森を飛び出して、12年。オルスとキャスタリアとレドアン……3つの大陸を冒険した。まだまだ、全部は見回れてないけれど。
次のミーグ大陸で一応、ニンゲン界四大大陸全てに踏み入れることになる。
「……トヒアはあまり変わらないわね」
「そう? これでも結構頑張ってるんだよ。ニンゲンの女の35歳って、もう結婚も出産も微妙な年齢だしさ」
「再婚は?」
「しないよ。別にヒューイを気にしてるってことじゃなくて、私はもう、良いの。ジンとキノが居れば。……まあ、ヒューイが生きてたら、あと3人くらいは産んでたろうなあ。あいつ性欲凄いし」
「聞きたく無かったわそれは」
ニンゲンは、短命種族だ。子孫を残せる期間も短い。だからこそ、他のヒト種より早く文明を発展させてきた。
「じゃあ私も、そろそろ考えないといけないかしら」
「うーん。そこはなんとも言えないなあ。最低でも1年。1年半から2年。冒険、辞められる?」
「…………どうなのかしら。妊娠してみないと分からないかも」
「まあ、良いんじゃない? 異種族同士で妊娠できる医療が魔界にあるんでしょ? だったら、魔界のどこかで拠点作って、そこで産みなよ」
「!」
私達は。
次の冒険で魔界へ行けば、しばらくは帰ってこれない。少なくとも、5年10年では帰らない。
私達が妊娠する期間は、エルフ基準ではなく。ジンの。ニンゲンの基準に合わせなければならない。
今、ジンは20歳。遅くとも、15年以内くらいには、産まなくては。
そのタイミングはきっと、魔界に滞在している時と被る。
「魔界がどんな所か、全く分からないのよね」
「そこは不安だよねー。けどさ。そのドラゴニュートの国と関係良くできたら。落ち着けたりするんじゃない?」
「……和平交渉へ来た王族の使節として、滞在中に妊娠するのはどうなのかしら」
「別に良いじゃん。悪いこと無いよ。そんなの気にしてたら、いつまで経っても産めないよ」
「…………」
トヒアは、私を凄いと言うけれど。私からすれば、逆だ。
「旅に出るより、母になるほうがずっと大変で、凄いことだと思うわ。だってトヒアは、私が初めてエデンを訪れた時の年齢でジンを授かって、母親になったのでしょう? 私からすれば考えられないもの。トヒアの方が凄いわ」
「…………そう言ってくれると嬉しいけどね。私の場合は、暇だったから母親ができただけなんだよね。A級冒険者の稼ぎでお金は困らないし、待ってるだけだったし」
「トヒアは、どうしてこの島に?」
「元は、ヒューイ達と冒険してたんだよ。キャスタリア大陸の、比較的安全な田舎の、故郷の小国で。大体1年くらいだけど。でもヒューザーズがどんどん強くなって、危険な依頼も増えてきて。ついて行けなくなっちゃったんだ。それで、その時亜人狩りに追われててさ。安全な場所にってことで、エデンに来たの。冒険者の家族――つまりヒューイの妻ってことで。ルフちゃんとはそこで会って、私とほぼ入れ替わりでヒューザーズに入った感じかな」
トヒアがヒューイと結婚したのは、エデンで安全を確保する為でもあったのか。
「トヒアはそれで良かったの?」
「……うん。皆に迷惑掛けたくないし。皆が帰ってきた時に、冒険話を聞くのも好きだしね。今でも、ヒューザーズの皆、エデンに帰ってきたら寄ってくれるんだよ。ウチと、ヒューイのお墓に」
冒険を、諦めるしか無かったトヒア。それはきっと。
もしかしたら、私にもあり得た未来だったと思う。私も、どこかで諦めていたかもしれない。
私がもしニンゲンで、魔法を全く使えなかったら。
それでもあの時、旅へ出ただろうか。それとも差し出されたヒューイの手を掴んでいただろうか。




