第290話 一番落ち着く冒険の終わり
帰りに、草原の集落へ寄った。ルフの様子を見る為だ。
もう日が暮れる。そろそろ、トヒア達の待つ家に帰らないと。
「姫様」
「エルル様」
「ええ。皆、久し振りね」
集落のエルフ達からの挨拶を受けながら、ルフの家に向かう。
見ると、広場に子供達が居る。少年少女も見える。あの、ルエフの子達だ。彼らも成長している。喜ばしいことだ。あの中の誰かが、次代のエルフの姫なのだろう。
「エルル」
「ルフ。ルーフェとは会えた?」
ちょうど、ルフがテント式の住居から出てきた。
「はい。少し寄りませんか。少しだけ」
「勿論。私もルーフェに挨拶しなきゃ」
◆◆◆
「エルル。久し振りね」
「そうね。ルーフェ。12年振りかしら。……あの時はありがとう。お陰で、命拾いしたわ。それから、ユーマンへの手紙も。お陰でエソンでは、配慮してくれたのよ」
「どういたしまして」
後ろで纏めたレモン色の髪はルフに似ている。ルフェルの空色の髪は母親ではなく父親からの遺伝だろうか。確かに、姉妹に似ている顔立ち。
「女王様との謁見は終わりましたか」
「ええルフェル」
中にはルフェルも居た。柔らかい草のカーペットを敷いた上に座っていて、その腕には幼児が抱かれて眠っていた。彼女の第一子だろう。私と同じで、ニンゲンとのハーフ。
「赤ちゃん、魔力侵蝕は?」
「まだ分かりませんが、魔力に反応は示すので、エルルさんと似たような身体ではあると思います」
「そう。何かあったら頼ってくれて良いからね。私も結構苦労したから」
「はい。ありがとうございます」
男の子だ。なら、月経は無い。魔力侵蝕だけなら、家族が付いていれば問題ないだろう。
「ルフもルフェルも、あなたに感謝していたわ。……風のように、世界を巡っているのね」
「ええ。あなたから受けた恩は、なるべく返そうとしているわ。誰かに」
ルーフェから教わったことだ。受けた恩は、誰か別の人に返しても良い。そうやって、風のように巡っていくのだと。
「これからどうするの?」
「ええ。オルスでの生活はもう終わり。カウンセラーはエデンの冒険者区画とかでもできそうだし、集落に戻って、娘の子供達を見たりするわ。どうせルフェルも、産んだらまた船に乗るのでしょう」
「そうですね。赤ちゃんは好きですが、私は商会での仕事も好きなので」
「島に帰ってきたら夫も連れてきなさいよ」
「誰か分かりませんもん。ぞろぞろ水夫を何人もここへ連れて来る訳にもいかないでしょう」
「全くもう……」
ルーフェとふたりの娘達との関係も、概ね良好なようだ。
「魔界へ行けば最低10年ですか……」
「ルフ。あなたの子供は魔界生まれになりそうね」
「可能性は高いですね。ねえエルル」
「…………そういう話、ちょっとまだ」
「ああ、悪かったわね。もう行って頂戴。その彼が待っているのでしょう。今度紹介してね。あ。挨拶はエルフィナの後で良いからね」
「……はい。ではエルル」
「ええ。お邪魔したわね。たまには、覗きに来ても良いかしら」
「勿論。歓迎するわ」
「では姉さん、また」
◆◆◆
草原の集落を出ると、もう夜だった。本日は快晴。星が綺麗だ。
「遅くなってしまいましたね。キノは寝ているかもしれません」
「そうね。……あの子、何歳になるのかしら」
「確か、11歳か12歳ですね」
「私のこと、覚えているかしら」
「どうでしょうね。ルルゥから聞いて、名前と存在は知っているかもしれません」
家路につく。
冒険者の家族が住まう町は相変わらず静かで、時間の流れが止まっているみたいだ。
そこの端っこに建てられている一軒家。
私の、第二の故郷。
「あっ。帰ってきたよ! ほらお兄ちゃん起きて! おーきーてっ!」
明かりの付いたその家に近付くと、ばたばたと慌ただしい音がして、可愛らしい声がした。
「キノ」
「エルねーちゃん! ルフねーちゃん! お帰りなさーい!」
「わっ」
まるで、12年前のジンのように。元気に突っ込んできて、私に抱き着いた。
「あははー!」
「ただいまキノ。久し振り。大きくなったわね」
「うん!」
「キノ。汚れてしまいますよ」
「いーの! これ好きなんだから!」
なんというか。この瞬間。
無意識に張っていた緊張の糸が、解かれた気がした。
ふと玄関を見ると、トヒアが居た。
「…………ただいま」
「お帰りなさい! エルちゃん、ルフちゃん! さあ入って! まずお風呂ね! 沸いてるから! ご飯は? 森殿で何かご馳走になった?」
ほっとした。
ああ。ここが一番、心が落ち着く。
この家に帰ってきて、ようやく。
2度目の冒険が、終わったのだ。




