第29話 ニンゲンの世界に感じる孤独
私はエルル・エーデルワイス。
11歳。メスのエルフ。
それだけ。
◆◆◆
目が覚める。柔らかな感触。白い景色。暖かな布に包まれている。
「う……」
ジャラリ。連なった金属音。両腕に違和感。
あの、魔封具が。魔力の流れを封じる腕輪が。
右手に3つ。左手に3つ。
6つ、着けられていた。
「そんな……」
絶望。ひとつでも、許容量を超えるのに最大魔力の8割を要した。絶対に解けない。この拘束は無理だ。
「あっ。起きましたね。大丈夫ですか?」
「…………」
白い天井を見ていると、視界に女性が映り込んだ。耳が丸い。魔力を感じない。ニンゲンの女性だ。
「誰?」
女性。
種族はニンゲンだけど、女性というだけで少し警戒心が揺らぐ。だが決して弛めはしない。何も、できないけれど。
「私は看護師です。ここは病院。イール市の病院ですよ」
「……ぅ……」
「あっ。どこか痛みますか?」
視界がはっきりしてくる。白い部屋。真っ直ぐの壁と床、柱。樹と共生するエルフの建物とは全然違う。綺麗な部屋だと思った。
「…………」
「大丈夫です。警戒しないで。……ああ、魔封具は、ごめんなさい。警察さんから、これを着けないといけないって言われてしまっていて。ここは病院ですから、安全です。心配しないで」
その、優しい声色と言葉を、優しいという理由だけで信用する気にはならない。
「起き上がりますか? じゃあ上半身だけ起こしますね」
「…………」
まだ、股間が痛い。他の傷は問題無い。身体中、擦り傷はあるけれど。……それらの箇所には白い包帯が巻かれていた。私には白い大きな服が着せられていた。処置されたのだ。
「…………」
ニンゲンに、傷付けられて。
ニンゲンに介抱されている。
「喉乾いてないですか? 何か飲みますか?」
「…………」
うまく話せない。言葉が出ない。
「ほら。マーズの葉を煎じたお茶です。落ち着きますよ」
赤い汁の入った器が見える。言われなければ、血と誤認してしまいそうだ。受け取る気にはならない。
「!」
カツン。足音。部屋の外から。ふたつ。重く強い。……男性だ。
「ひっ……!」
「どうしました? 大丈夫ですか?」
頭を抱える。耳を塞ぎたかったけれど、塞げばもう、何も分からなくなる。情けない声を出しながら、その足音に集中する。嫌でもしてしまう。
「………………!」
ふたつの足音は、この部屋を通り過ぎていったらしい。私をまた犯しに来た訳ではないのか。
「大丈夫ですか?」
「………………これを外して」
魔封具。最悪のアイテムだ。魔法が使えないという、恐怖。大きな男性が、容赦なく覆いかぶさってくるのを、抵抗させない悪夢の道具。
身体が強張る。震える。不安定だ。魔法が、使えない。いざと言う時、どうすれば良いのか。このままでは。
「ごめんなさい。それはできないの」
「…………どうして。私は『これ』を付けられたから、強姦に遇ったのよ」
「……その、説明をする為に。今から刑事さんをここへ、呼びますよ」
「…………男性の?」
「女性の刑事さんに、お願いしています」
「…………」
喉が渇く。
思えば、ニンゲンとのまともな会話もこれが初めてだ。彼女は女性だけれど。種族はニンゲンだ。
オルスはニンゲンの国。世界はニンゲンのもの。
見渡す限り全て、異種族。この世界にエルフの安息地は無い。
母は正しかったのかもしれない。




