第289話 利用し合う詐欺師の父娘
母の部屋から出て。
先に、ゲンの所へ寄った。樹牢の間。森林エルフが罪人を閉じ込めておく、自然の牢獄。
「おっ。今日も来たのかエルフィナ……」
「あら。いよいよ目も見えなくなったのかしら。それは喜ばしいわね」
「エルルか。ますますエルフィナに似てきたな。綺麗だ」
相変わらず、へらへらとしている。
確かに前回より少しやつれている。けれど、健康状態は悪くなさそうだ。
「ドラゴンを狩ったな。そのお陰で、ここ最近は良い食事ができてるぜ」
「そうね。私の冒険者としての稼ぎがあなたの扱いに影響されるのを失念していたわ」
「相変わらず可愛い言い草だ」
「それより、あなた出現するドラゴンの種類を間違えたわね」
「そうなのか? 悪いが詳細は知らねえぞ。新聞も禁じられてるからな」
「私達が相手をしたのはファイアードラゴンのメスの、狂化個体よ」
「……ふぅん。じゃあ前回退治したっていうオスのつがいか。もしかして角を折って撃退したのか? ならそれが原因だ。角を折られた雄竜は群れに残れない」
「…………そこまでは知らないけれど」
「すると、今回討伐したってことになるな。ファイアードラゴンなら、もうしばらく数年は国境を越えてこないだろう。つまり防衛線を上げるチャンス。俺の予想でしかないが、大陸評議会は数年内に国境を強化するんじゃねえか? ならエルル。お前が魔界へ行けば、10年は戻って来れねえ」
これだ。
ひとつヒントを与えると、何倍もの考察をして答えを出す。新聞も与えられていないのに、私との今日のこの会話で、世界の情勢を把握している。
獄中に居ながら。世界の盤面を操作しているかのように。
「そうよ。だから最後に話しに来たの。母と会ったでしょう? それも最後よ」
「ああ。ありがてえな。エルフィナは本当に何も変わらず。美しく、男嫌いだ。そんな女を俺はモノにしたんだ。今思い出しても興奮するぜ」
「気持ち悪いからそんな言い方はやめて。殺すわよ」
「はっ。いつでもどうぞ」
「…………ひと月後にミーグ大陸へ行くわ」
「そうだな。それくらいが良い。逆鱗は?」
「勿論採ってきたわよ。ほら」
ファイアードラゴンの逆鱗を取り出して見せる。
「ああ。充分だ。俺の娘は美しいだけじゃなく、冒険者の才能もある。俺とエルフィナの子だな」
「気持ち悪い」
「ははっ。じゃあその逆鱗はアクセサリーにでもして身に付けておけ。お前より弱い種族は、それを見せると逃げていくことがある。無用な戦いを避けられるぜ」
「…………本当に?」
「疑うなよ。魔界の冒険については嘘を言わねえ」
「…………半信半疑にしておくわ」
「ああ。それで良い。それから、竜の姫が欲しいと言ってきたら素直にあげて良い。竜の姫との信頼を築け」
「それ、前も言っていたけれど。どうして?」
「…………戦争を止められる手段が増える。お前と竜の姫が懇意になることで必ず止められる訳じゃねえが、その要因になりうる」
「ゲンあなた、戦争を止めたいの? 逆だと思ってた。戦争のゴタゴタで、ここから出ようと」
「ははっ。まあな。それも良い。が、俺には俺の事情もある。少なくとも今は、戦争になっちまったら具合が悪い」
「…………」
「疑ってるなあ。ははっ」
この男の言葉は信じるのも疑うのも危険だ。
「シャラーラから、アシェアとセヘルについて聞いたわ。あなたが言っていた、魔界で出会ったって言う『ミサンドリスト』のデーモンはどちらかしら」
「…………マジか。名前を、教えたか。お前、余程シャラーラから信頼されてるな。俺の予想以上だ」
「良いから。そういうの」
「……セヘルだ。魔法のセヘル。あいつはヤバい。見付けても近付くな。確実に殺されるぞ」
「それは嘘ね。シャラーラの仲間だもの」
「………………時間だ。帰れ。今回はここまでだ」
「何よそれ。他にも訊きたいことがあるのよ。母を妊娠させた魔界の薬とか――」
「帰れ。俺はもう、次にお前が魔界から帰ってきた時まで何も喋らん」
「…………そう」
「…………………」
それきり。
ゲンは本当に口を開くことはなかった。
セヘルの名が出てきたのがそこまでショックなのだろうか。
まあ良い。
私もこの男の膨大な知識量を利用しているだけだから。




