第288話 抱き合うべき家族の再会
それから。
ルエフから慰労の言葉を貰って、私はエルックリンでの出来事を伝えた。
「レイゼンガルドの名を」
「ええ。私が預かることになったわ」
その時。ルエフの背後に控えていた女性が反応した。肌がとても白く、黒髪は編み込まれている。昔一度会った筈だけれど、今思えば、ルードに雰囲気は似ている。
「――あなたが、ルードの姉ね」
「…………はい。姫様。弟は、どんな様子でしたでしょうか」
「立派に族長を務めていたわ。洞窟エルフの数は減ってしまったけれど、これから盛り返すと思う。今回の討伐で、彼にも求心力が付いたと思うから」
「………………ありがとうございます」
それで、察したらしい。ルードの兄達がもう、集落に居ないことを。
仕方ない。私にはどうしようもできない。
「ではエルル。ミーグ大陸で高山へも寄るのか」
「できればそうしたいけれど、時間が無いのなら今回はやめておくわ」
「いや、行ってくれ。今から2年後に、人魔境界線を強固にして往来を禁止することになった。つまり、一度魔界へ入ってしまえば、当分はニンゲン界へ戻れなくなる」
「どういうこと?」
「……四大大陸評議会での決定じゃ。国境は以前にも増してピリついておる。わしやエルフィナ、ギルドマスターにまで通知が来るほどの徹底振りじゃ。ニンゲン界は、少し荒れることになる。その前に、お主らは魔界へ行け」
「…………分かったわ」
「お主達の他にも、今の内に魔界へ派遣するパーティはおるが、皆別々の経路じゃ。それぞれ任務内容も異なるが、出会った場合は、協力し合うことじゃ」
「ええ。大丈夫よ」
「それからルフ」
「はい」
大陸評議会。ニンゲン界の、最高意思決定機関だ。確かキャスタリア大陸の中立国で行われている。
亜人禁制らしい。それだけ、聞いたことがある。
「お主は一度集落へ寄れ。ルーフェが帰ってきておる」
「! ……かしこまりました」
ルーフェ。
オルスの、イール市で亜人相手のカウンセラーをやっていた。オルスで最初に私が捕まった時に、逃がしてくれた。後に、ルフェルとルフの母だと知った。私の母エルフィナの従姉妹だ。
「私が一緒に連れて来たの。オルスは、もう危ないかもしれないから」
「そうなのですか」
「…………一応、ね。魔海から魔族が攻めてきたら、真っ先に戦闘になるのがオルスだから」
「………………」
私達が思っているより、戦争は近いのかもしれない。
◆◆◆
謁見が終わって。一旦ルフと別れて。私は、フェルエナの案内で母の使っている部屋を訪ねた。こちらも樹の上に建てられた、森林エルフ建築の屋敷だ。
「お母様」
「エルル。そちらへ」
「はい」
丈夫で巨大な葉でできた椅子に座る。もはや懐かしい。巨大森での生活を思い出す。
母は私にお茶を淹れてくれた。
「マーズ茶よ。オルスから持ってきたの」
「ありがとうございます」
マーズ茶は苦い思い出を想起させるけれど。今となってはもう大丈夫だ。母も知らない。それで良い。
「……あの人と会ったわ。23年振りに」
「はい」
その話だろうと思っていた。
私の父親であるゲンは、このエデンで投獄されているから。
「やつれていたけれどあまり老けてはいなくて。不思議ね。怒りで殺してしまうかと思っていたのだけれど。特に何も感じなかった」
「……それは」
「分かっているわ。彼のやり方なのは」
今ゲンは、40代半ばの筈だ。母は、140近い。改めて、凄い年齢差だ。
「あなたのことを話したの。嬉しそうにしていたわ。何か計画が、上手く行っているかのように」
「お母様でも分からないなら、彼の真意は誰にも読めないでしょう。私は私のやりたいことをやるだけです」
「……ええ。そう信じているわ」
私は、ゲンからの指図を受けない。結果彼の思惑通りだったとしても。私の選択だ。
「エルル。私はあなたを見送ってから、オルスに戻って本格的に国境の防衛に就く。……下手をしたら10年20年は、会えないわ」
「はい」
「だから…………」
母は私に、歪んだ現代フェミニズムを植え付けたという負い目を持っている。でも私は、フェミニストになっていない。
「はい。お母様」
「エルル!」
ここはふたりだけ。誰の目も気にしなくて良い。
そうだ。
親子。家族なのだ。
久し振りの再会は、抱き合うべきなのだ。




