第282話 今更思い出すニンゲンの国
それから、キャスタリア大陸を南へ縦断する旅は順調だった。大山脈も一度越えたことのある山だし、春になったからか馬車も運行していた。
ドラゴン討伐の報酬だけで、お金は滅茶苦茶にある。旅の道具一式も高くて質の良いものに買い替えたし、リッチな旅は初めてだ。
「今どの辺りかしら」
「ケルサリアという国ですね。大山脈を越えるまで行ける所まで汽車を使ったので、今回はバドハを経由しません。こっちから、東の方に回るルートです」
地図を出して説明してくれるルフ。
「キャスタリアも広いわねえ。まだまだ全然回れていないわ。ルフがヒューザーズ時代に活動していた南西部も行ってみたいし」
「今回はそれだと遠回りになりますからね。また今度ということで」
「今も大平野に居るのかしら」
「恐らくは。また魔界を目指している可能性もありますけど、ヒューイが居ないので、どうでしょうね」
大山脈を越えた辺りから、少しずつ、気温が上がってきた。気候が変わったのだ。もう〈カロル〉は必要無い。
「そろそろ魔法は控えた方が良さそうですね」
「ああ……そういうのもあったわね」
「エルル」
「冗談よ」
実際、気にしていなかった。ニンゲンの街では、魔法は禁止なのだ。今更ではあるけれど、目立つことはしたくない。
「やっぱりニンゲンの都市部でも戦えるように、魔法以外の戦闘技術は必要ね」
「まあ、私達は都市部の冒険者ではありませんからそこまで不便ではありませんが、あった方が良いのは確かですね。不意に亜人狩りに出くわすことだってありますし」
「亜人狩り……。まだ狙われるのかしら。私」
「分かりません。エルドレッドの話がどれくらい信じられるか。南部の情報は、北部に居たら余り入ってこないですからね。次の街に着いたら、少し情報収集してみましょう」
「あ、俺やるよ。姉ちゃん達は宿で休んでて。何があるか分からない内は、姉ちゃん達はそうした方が良い」
「じゃあ、頼みました」
こういう話題に、なってしまう。ニンゲンの都市に近付くと。
気を付けなければならないというのは、ストレスだ。このストレスは、亜人にしか分からない。
こういう時、ジンが居て良かったと思う。以前レドアンで似たような状況になった時、私達はモロに差別を受けたから。
強がって気にしないことにしていたとは言え。ストレスなのは変わらない。
「まあ、補給は最低限にしてすぐに次の街へ向かいましょう。特に用事も無いわけですし」
「そうね」
「………………」
「ジン?」
ふと見ると、ジンが不満気な表情だった。
「……街に滞在する時間はできるだけ短く。それは良いけど、そうしなきゃいけない理由が『亜人だから』って、俺は酷いと思う」
「…………」
ルフと顔を見合わせる。
「……ジン。私達はあなたと旅をする前に、何年も旅をしてきたわ」
「……うん」
「田舎や辺境の方はそうでもないけれどね。都市部はこうなの。思い知るのよ。ここは、ニンゲン界。ニンゲンの国で、ニンゲンの街なの。それ自体は、良い悪いの問題じゃないわ」
「…………うん」
「私達は亜人です。それは変えようのない事実。街がこうであった場合、それに対応すべきは私達なのです」
「そうよ。別に私達は社会に変わって欲しい訳じゃない。そんな活動をする亜人達を尊敬はするけれど。私達は冒険者。世界を旅する道を選んだの。だから、大丈夫よ」
「姉ちゃん……」
愛おしい。
彼は私達が亜人だから、亜人を差別する社会に疑問を抱いてくれるのだ。
でも。そこまでで良い。
その先には、行かないで良い。
「それに。もし私がきちんと政治をするのなら、もっと根本的な所から学び直す必要があるのよ。私が表舞台に上がれば必ず、エーデルワイスの名と一緒になるから。こんな冒険の途中で、初めて訪れた国で。政治はしたくないわ」
確かに。
いつからだろう。
ニンゲンの差別社会に対して愚痴を溢さなくなったのは。
「ありがとうございます。ジン。でも幼少期から私と居たせいであなたを『亜人好き』にしてしまった罪悪感はありますね」
「ルフは青少年に悪影響だったのね」
「それはプロポーション的に言うとエルルですよ」
ジンが居るから。
私は他のニンゲンからどんな扱いを受けようと構わないのだ。




