第280話 どっちみち魔界を目指す姫
エルックリン山を汽車で降りる。アルニアには、寄る必要は無い。調べたら、別の国を通るのが早そうだった。
しばらくは汽車の旅。線路は大山脈を越えられないから、そこまでは。
「カナカナは、もう流石にイレンツを出ているわよね。今どこに居るのかしら」
「いやあ、師匠のことだし、案外シャラーラと意気投合して居候してるかも」
「ラス港にはやはり寄るのですか?」
「そうね。魔界へ入れば、もうしばらくはニンゲン界へ戻って来れなさそうだし。エデンにも帰るわ。実は今、私を見送る為に母がエデンに来ているらしいのよ」
「えっ!」
そう。手紙にはそう書かれていた。
あのエルフィナ・エーデルワイスが、エデン島へ。
つまり、彼女の母親――私の祖母フェルナの故郷へ。
そして。
「…………ゲン、様とは」
「そうね。多分、それも目的のひとつだと思うわ。話すでしょうね」
私の父と。母が、会うということだ。
どうなるか、私も分からない。
「……俺さ、会ったこと無いんだよね。その、エル姉ちゃんの、父親」
「そうね。会ってみたい?」
「う……ん……。どうなんだろ。なんか、姉ちゃんを傷付けるようなことにはなって欲しくなくて。何も問題や柵が無ければ、そりゃ会いたい相手ではあるんだけどさ」
私の父であるゲンは、ニンゲンだ。エルフの姫であった祖母のひとり娘を孕ませて、魔界へ逃げた大罪人。多大な犠牲を払って捕まり、今はエデンの樹牢に繋がれている。
父と母の間には愛は無く。それぞれが利用する立場で、取引として私が生まれた。
確かに、それによって母は今の女王という立場を手に入れて、オルス国内のエルフ女性達の安息の地を作ることができた。
けれど。
今代の『エルフの姫』となる私に、ニンゲンの血が混ざってしまった。
一生牢から出ることは無いだろう、重い罪だ。
私も、ニンゲンの血のせいで苦労している。魔力侵食や月経など。冒険者として不利な身体に生まれた。
母の目的は果たされたけれど、父の目的はまだだ。ニンゲンの血の通った賢者を造って、何をするつもりなのか。
私を使って、何をさせるつもりなのか。まだ分からない。勿論、彼に従うつもりもない。けど。
恐らくはまだ、何かを企んでいる。あの詐欺師は。
「エルフィナ……様って。エルフの姫じゃなかったんだよね」
「ええ。私の先代のエルフの姫は祖母だった。祖母がオルスで、エーデルワイスに嫁いだのよ。詳しくは分からないけれど、エデンでアーテルフェイスとして生まれなかった母は姫とは呼ばれていない。まあ、なのに同じくオルスで生まれた私が姫と呼ばれるのは不思議だけれど。母はオルスで女王になって、国境守護の任に就いたから、母ではなく私が姫なのでしょうね。つまり少なくともふたつの意味がある」
「エーデルワイスの姫であり、アーテルフェイスの姫でもある、と」
「そうね。尤も、アーテルフェイスの姫はもう新しく生まれているから、そっちはお役御免かもしれないけれどね。どうせ、私はニンゲンの子を産むからエルフの血はさらに薄くなるし」
「…………」
ジンを見ると、照れていた。まあ、そうよ。あなたの子を産むのよ私は。
本来、異種族間では子供は授かりにくい。けれど、父と母はできた。魔界の医療によって、可能らしいのだ。私が魔界を目指す理由のひとつでもある。
今セックスしても無駄――
だから、私達はまだそこまで進展していないのかもしれない。
「そして、母の依頼でプレギエーラに行くのはエーデルワイスの姫としての任務ね」
「ふーん。どっちみち、エル姉ちゃんはエルフの姫なんだなあ」
「ふふ。なによそれ」
どっちみち。私が冒険者になったことで。
オルスの森に、エーデルワイス一族は居なくなるし、エデンの島に、アーテルフェイスの長子の直系は居なくなる。
私が『エルフの姫』で居られるのも、今の内ね。せいぜいあと100年くらいかしら。




