第278話 心して辿る英雄の道
この世界で冒険者ギルドに所属する冒険者になるには、特別な資格は要らない。
身分も要らない。お金も掛からない。ただ受付で冒険者登録をしたいと言えば良い。
登録する情報は名前に年齢、種族など色々あるけれど、文字を書けなくても職員が代筆するから問題ない。
どんなにどん底まで落ちても、冒険者になるという選択肢はある。
勿論、命の保証は無い。収入も不安定だし、自分のことは全て自分でしなくてはならない。
死んだら終わり。全て自己責任。
大国の普通の家庭に生まれると、冒険者という選択肢はまず無い。家もお金も学もあるのに、わざわざ危険な道を進むなんてあり得ない。
冒険者とは、別に人から憧れられるようなものではない。幼い頃、創作で触れて憧れるかもしれないけれど。大人になる頃には分別が付いている。町で見かける冒険者は汚れていて臭く、物騒で、美しくない。
でもそれは、『C級』までだ。要するに、町で見かける冒険者の殆どはC級以下である。
『B級』まで上り詰めると、町の英雄だ。国から要請を受けたり、国によっては国賓待遇があったりする場合もある。世間的には冒険者は犯罪者集団だと言われているけれど、国家の上層部は分かっている人は分かっている。魔界の魔族達が攻めてきたら、矢面に立って主戦力になるのはB級以上の冒険者であると。
そして『A級』は。国の英雄だ。王族が直接雇うようなレベル。魔界へ行って、戦利品を持って帰ってくるという偉業が可能だからだ。
そう。あのペルソナも、アルニアの英雄な訳だ。あれでも。
そういう訳で、この筆記試験に求められるものも、最低限の識字能力と、ある程度の思考力、計算力、知識、常識、品格などなど。魔界のことだけじゃない。冒険者として恥じないスキルが求められる。
◆◆◆
「終わったぁ〜」
ギルドの待合室にて。
試験をなんとか終えたジンが、ぐったりと机に突っ伏していた。
「お疲れ様。結果はすぐに出るらしいから、このまま待っていましょう」
「俺、文字書くの苦手だから。不安だよ」
「エデンの訓練校でも習ったじゃないの」
「そうだけどさあ」
「それに、文字が読めないと買い出しひとつとっても苦労するわよ。ジンはいつも私達に頼っているけれど」
「うっ……。そうだよね。頼ってばかりじゃ駄目だ」
「まあ、重い物持ったりするのは私もあなたを頼っているから、お互い様で良いけれど」
話していると、ルフも戻ってきた。彼女は時間いっぱいまで見直しをしていたらしい。性格が出ている。私がせっかちなだけだろうか。
「まあ再試験もできますから、いつかは通るでしょう」
「あ、そうなんだ?」
「でなければあのヒューイが合格できる訳がありません」
「あはは……」
ヒューイ。ジンの父親だ。魔界で亡くなった。
「…………そうか。母の遣いでプレギエーラに行くということは、ヒューイの使った経路よね」
「……………………うん」
「心して行く必要がありますね」
彼は、その道中で亡くなった。つまり、それを辿る私達も。その危険性がある。何が待ち受けているかは分からないけれど。
「父ちゃん……」
その真相を解明して安全な経路を確保する。それも、今回の私達の任務のひとつだ。
ヒューイ。
私をこの世界へ導いたあなたの、道を。私もこれから辿るわよ。




