第276話 忘れていたもうひとつの試験
冒険者ギルド、キャスタリア大陸統括支部。
何故、経済の中心地の南側ではなく、北の果てのエルックリンに統括支部を置いているのか。
それはきっと、冒険者ギルドの組織理念と目的のひとつに、魔界に対する防衛を想定しているからだと思う。
雪が溶けて、だだっ広い草原が視界を埋め尽くす。この高原は、まるごとギルドの所有地であるらしい。エデンにもあった訓練学校もある。冬に来た時は殆どどこも機能していなかったし、私達も急いでいた。
改めて、巨大な建物に入る。人も多く出入りしているようだ。活気がある。
さて。ドラゴン討伐の報告と、A級昇格。魔界への切符を貰わないと。
◆◆◆
「いえ。まだ『ニンフ』にはA級資格がありません」
「えっ」
数ヶ月前も対応してもらったニンゲンの女性の受付さんから言い渡されたのは、その言葉だった。
「どうして? まさか、『はぐれ』じゃないのに討伐してしまったからとか――」
「エルル。私達はまだ座学の試験を合格していません」
「…………あっ」
ルフの言葉に、はっとする。
そうだった。エデンでも受けられるというのに、先に出発してしまったのだった。
忘れてた。
「その通りです。実技については既に報告を受けておりますので合格済みです。一応、今後のドラゴン退治の為に後でいくつか確認事項があります」
「既に報告?」
「はい。あ、丁度来られました」
「!」
一応、討伐の証として逆鱗を出そうと思っていたのだけれど。既にドラゴン討伐の報告が行っているという。騎士団が報告に来たのだろうか。いや、国際国境騎士団の面子的に、それは流石にあり得ない。
と思っていると。
「ははっ。ホントにハーレムで冒険してるんすね」
「あっ!」
小さな体格。灰色の肌。大きなツリ目の黄色の瞳。そして額に可愛らしいふたつの角。
「リーリン! 久し振りね!」
「おわっ」
飛び付いた。
ギルド所属の忍者、ゴブリンのリーリンだ。私がエルドレッドに負けてオルスまで連行された時に、ジンを連れて来てくれて、助けてくれた。
エデンでお別れしたきりだったリーリンだ。
「3年振りっすね。お元気そうで」
「リーリン」
「アホジン」
私に抱き締められながら、ジンと握手をした。
「見てたっすよ。魔導術、免許皆伝っすか」
「まあ、ね」
◆◆◆
大型の魔物退治や、今回のような国境付近での魔界の魔物の襲撃など、大規模な依頼、政治的に大きな意味を持つ依頼、多くの冒険者が同時に動員されるような依頼があった場合。
冒険者達が戦っている裏で、忍者達も派遣されている。忍者は戦闘には参加しないが、起きた出来事を正確に記録し、ギルドへ報告する役目がある。
今回の私達の戦いは、全てリーリンの所属する忍者チームが記録してくれていたようだ。毎回ドラゴン退治には忍者が派遣されるけれど、今回はたまたまリーリンにも指令が出たらしい。
「オルスでは、あそこまでエルルさんが本気で魔法使う所見なかったっすからね。ビックリしたっすよ。あの規模。魔力量。威力。デーモンかと思ったっすもん」
「褒め過ぎよ」
「いや、あんまり褒めてもないんすけどね……」
入口に置かれていた会報を読むと、私の魔法でトドメを刺したことになっていた。つまり、あの後現れたドラゴンの群れのことは書かれていなかったのだ。
「勿論報告してるっすよ。けど、この記事は世界各地のギルドへ行き渡るっす。色んな事情があって、こんな記事になったんすよ」
「…………まあ、私はA級に上がれるならなんでも良いのだけど」
ともかく。
これから座学の勉強をしなくてはならない。ここまできて、不合格になるのは嫌だ。




