第275話 エルフの姫と同線上の目標【第11章最終話】
冬が明けた。
春のエルックリンは湿度が低くカラッとしていて、動きやすい。
「不安定ではある。ツヴァイハンターにもモナ・アプリーレにも打診したのだがな。毎回重要な役目を冒険者ギルドに任せるのは良くない」
「ごめんなさいね。けど、信頼して次もギルドへ依頼を出して。必ず、実力のある冒険者が来るから」
「お前は例外だ。レイゼンガルドの名を託したからな。引き止めることはしない」
「ありがとう。返還が無事出来たら、報告に来るわね。それまで頼んだわよ。滅びないように」
「……ああ。何百年でも待てるよう、俺達も鍛え直しだ」
ルード達、洞窟エルフと分かれて山を降りる。今日の天気のように晴れ晴れとした気持ちだ。
「訊きたかったんだけど、その『名前』ってなんなんだ?」
ジンが訊ねてきた。そう言えば、話していなかったかしら。
「ラス港にシャラーラが居たでしょう? 彼女は九種紀の文明が滅ぶ時に、複数種族の友人から名前を預かったのよ。その後、文明が滅んでから、シャラーラは世界各地のエルフ達にその名前を預けたの」
「なんでシャラーラがずっと持っておかなかったんだ?」
「予想でしかないけれど、きっとシャラーラ自身も、滅んでしまうと思うような出来事が起こると予知したのよ」
「…………」
「それでね。ウチの、エデンの大長老ルエフはずっと、その名前を元の種族に還すことを悲願としているの。私やルフの、アーテルフェイスもそのひとつ。九種紀時代から続くその一族達は、皆魔界に居るらしいのよね。逆に、名を預かっているエルフはニンゲン界に居るの。これから向かうミーグ大陸には、高山のエルフ。竜人族の末裔の名前を預かっている『イェリスハート』が居る筈」
「!」
何故、シャラーラはエルフ達に名前を預けたのか。それは分からない。血が途絶えても残そうとしたその名前にどんな意味があるのか。それも分からない。
けれど、これは大長老からの依頼なのだ。私は冒険者としてそれを受けた。
「この真名と、逆鱗。このふたつを手土産に、プレギエーラとの外交をするつもり。……そうね。ルエフからの依頼である真名返還と、シャラーラからの依頼であるデーモン捜索は、図らずも私の『世界一周』という目標と同じ線の上にある。目標が沢山あると、楽しくなってくるわよね」
「…………うーん。それを何十年単位で楽しんでる姉ちゃん見てると、やっぱエルフだなあって感じだ」
「そうかしら」
私の傷は完治した。しかも前よりも魔力の出力が上がっているみたいなのだ。勿論魔力侵食には気を付けなければならないけれど。
ジンは両手に酷い火傷の痕が残ったけれど、寧ろカッコイイと気に入っているらしい。
ルフも完治。魔臓加圧の反動は私には分からないけれど、見た目では問題なさそうに見える。
ふたりとも、無茶はして欲しくないけれど。それはお互い様だ。きっと口にすると、まず私が無茶をするなと口を揃えて言ってくる筈。
「折角なので、登頂して魔界の景色でも見ますか?」
「良いわねそれ。今日は天気が良いし風も穏やかだし、ひとっ飛びしましょう」
「えっ。大丈夫かな」
「なあにジン。じゃあお留守番してる?」
「行くよ。俺だって見たい!」
「ふふ」
ギルドでA級の昇格を受けて。
オルスから母の手紙が届いていないか確認しないと。
それからミーグ大陸を越えれば、次はいよいよ魔界だ。
わくわくする。ようやくだ。




