第274話 知る由もないドラゴンの事情
外は吹雪だった。強い風と豪雪。視界は悪く、1メートル先も分からない。日光は届かず、とても旅ができる状態じゃない。
洞窟のエルフ。なるほど、これは家を建ててもすぐに吹き飛ばされる。洞窟が唯一の安息の地なのだ。
「ファイアードラゴンと群れの影響で、気温や気候まで変化していたのね。本来なら、今は真冬だもの」
「そのようです」
私が眠っている間に、竜狩りのお祭りは開催されていたようだ。なんか悔しいけれど、1ヶ月も待たせる訳にはいかない。
私はとにかく療養だ。
「エルル様。お食事のお時間です」
「エルル様。お身体お拭きいたします」
「エルル様」
…………。
元レイゼンガルドの女達が、甲斐甲斐しく世話を焼こうとしてくれている。私は女ということで女用住居を与えられ、かつ戦士のように持て囃されている。
洞窟エルフの女達は戦士に敬意を払い、狩りや戦争から戻ってきた際には精一杯もてなすのだという。
「……大丈夫よ。ありがとう」
ありがたいけれど、少しだけ居心地が悪い。私はなんとか身体を引き摺って、ホールまで来た。
「………………」
魔法は使えない。良い感じの岩を見付けて座る。
もう殆ど解体の終わった、ドラゴンの亡骸を眺める。
「出歩いてはいけませんよ」
ルフに見付かってしまった。彼女は私を注意しながらも、連れ戻すことなく寧ろ隣に座った。
私が左。ルフは右。いつもの位置。
「ドラゴンがどうかしたんですか」
「私が倒したのではないわ」
「…………」
ドラゴン退治の依頼は達成扱いとなるだろう。皆が私を、ドラゴンキラーだと褒め称える。
居心地は悪い。
「確かに功労者かもしれない。一番の打撃を与えたかもしれない。けれど。結局私は、『彼女』を抑えきれなかったし、『彼女』の命を奪ったのは、あの大きなドラゴンだった」
私はドラゴンを倒せていない。
「あの、ドラゴン達の行動について。何か分かりますか?」
「どうしてそんなこと私に訊くの?」
「……あの時。あの大きなドラゴンは去り際、エルルと目を合わせたように見えましたよ」
「…………」
思い返せば。
私の方を見たかもしれない。
私は、魔力を視認できる。それによって、魔力を持つヒトの感情なんかを読み取ることができる。
勿論、ヒトとドラゴンはその魔力の有り様も感情の表現方法も異なるだろうけど。
それでも、ドラゴンはヒトと同程度の知能がある。ヒトのように、大脳新皮質の発達からくる知能ではなくて、そのベクトルは違うけれど。
あの時の、あの目は。
「…………謝罪、に、感じ取ることはできるような気がする」
「謝罪ですか」
思い返せば。だけど。
「きっと、『彼女』が今回エルックリンを越えてきたのは予定外だったのよ。群れでも、扱いに困っていて。『彼女』は『つがい』を失って暴走していたから、止められなくて。けれど、私達があそこまで追い詰めたから、彼らは簡単に『彼女』を断罪できた。それが目的だったから、あれ以降こちらへ何かをすることもなかった」
勿論、エルックリン山脈の南側で安全に過ごそうとするドラゴン達の、邪魔をしているのは私達なのだけれど。
それはヒトとドラゴンの縄張り争いという、自然の摂理であって、どちらもお互いを憎んだりしていないことで。
けれど今回は、『彼女』の私怨でニンゲン界を荒らしてしまったことの負い目があったのではないだろうか。
「『借りができた。顔を覚えておくぞ』。…………多分、私達の言語に直すとそんな感じ」
「……なるほど。ドラゴンに貸しを作るとは。流石エルルですね」
「もう。あなたはいつも私を褒め過ぎなのよ」
モナ・アプリーレは、ファイアードラゴンのオスを『撃退』した筈だ。討伐はしていない。だから『彼女』が『つがい』を失ったのは、その後ということになる。魔界で何が起きたのかは、私達には知る由もないけれど。




