第273話 交渉に使えるドラゴンの逆鱗
「うっ」
腕が痺れた。
魔法を使おうとすると、こうなるのだ。何か後遺症だろうか。
「……全力で、後先を考えずに魔法を使ったのですから。魔腺にもダメージがあるでしょう。しばらく魔法どころか、魔力を身体に込めようとすることもやってはいけません」
「そう。こんな風になるのね」
「完治までは、まだしばらく掛かるでしょう。エルルの場合、秘湯に浸かるだけでも魔力侵食が進みますから。休み休みでないと」
翌日。
洞窟入口付近の広いホールまでやってきた。ルフがずっと身体を支えてくれている。
「……改めて見ると、大きいわね」
ホールには、ドラゴンの死体が運び込まれていた。20メートル、100トンの身体。
解体が進んでおり、もう殆ど甲殻と骨しか残っていないけれど。
「これはどうするの?」
「肉は食用。爪や鱗は武具や工芸品。ドラゴンは割と、余すことなく使える。これでまた、この集落は長らえる。麓のバザールで売ったりするんだ」
案内してくれるルードが答えてくれた。
「そう」
そして、首。
怒り狂った表情のままの、ドラゴンの首。
「顎を見ろ」
言われて見る。赤黒い鱗が同じ向きに並んでいる。
その中に1枚、逆向きに生えている鱗があった。形も少し違う。色も、橙に近い。
「『逆鱗』だ。ドラゴンを討伐した証。お前のものだ」
「ドラゴンの逆鱗…………」
まだ腕が痺れて上手く動かない。代わりに、ルフに採って貰った。
手のひら大の鱗。
「アクセサリーにでもするか? ウチにも職人が居る」
「…………いえ、遠慮しておくわ。これの使い道は、実は決まっていて」
「そうか」
ゲン。
あなたの言う通り、ドラゴンの逆鱗を手に入れたわ。これで、プレギエーラとの交渉が上手く行くと良いのだけれど。
ああそう言えば、ゲンはドラゴンの種類も予想していたけれど、挙げた中にファイアードラゴンはなかったわね。彼でも外すことはある。
いや。去年のことがなければ、恐らくファイアードラゴンは来なかった。であれば彼の挙げた種類が来ていたかもしれない。
「何に使うのですか?」
「プレギエーラでドラゴニュート達に見せると、話が早いらしいのよ。交渉に使えたら儲けものね」
「なるほど。確かユラス殿の話では、ドラゴニュートの間では竜狩りは誇りでしたね」
そう。ユラスに出会ってから、もう6年経つ。
ようやく、あの頃の彼に並べたかしら。
……いや、まだね。彼は単身でデザートドラゴンを狩っていた。それも無傷で。
100人掛かりで死傷者を出しながらボロボロになってようやく狩れた私達は、まだ彼の足元にも……。
「ふぅ……」
「エルル?」
「……ええ。ルード。ごめんなさい。少し、体調が悪くなってきたわ」
「分かった。好きなだけ休んでくれ。結局、冬を越えるまでは山を降りられないだろう。竜肉は保存してある。美味いぞ」
「…………ええ。お世話になるわ」
少し歩いて話しただけで、ふらりと意識が飛びそうになった。なんというか、貧血とも違う感覚がする。
魔力がきっと、足りないのだ。魔臓が空っぽになっているのだと思う。
「ルフは大丈夫なのね。魔臓加圧を使ったのでしょう」
「私は1週間ほどで完治しましたよ。元々魔臓の容量もエルルより小さい訳ですし。私には、魔腺が傷付くほどの勢いで魔力を全開にすることができるセンスがありません。それもエルルの才能ですよ」
「…………まあ、過去最大の無茶ではあったわね。…………ごめんなさいルフ。脚まで、痺れてきちゃった」
「はい。もう寝ていてください。ジン! エルルを運んでくれますか!」
ルフの呼び掛けで、ジンが飛んでくる。その様子を最後に視界に収めて、私は目を閉じた。




