第271話 北の空へ消える絶望の群れ
鉄の鏃は。
下から穿つような地を這う軌道でドラゴンの肩に直撃。そのまま鱗を貫いて、体内へめり込んでいく。
ドラゴンの怒号。大きく仰け反る。私はまだ気を緩めず、鏃をドラゴンの体内で滅茶苦茶に暴れさせる。
コントロールから離れて、鏃が消えた時。爆風が発生した。
「姉ちゃんっ!」
ジンが駆け寄ってきて、煙を吹く腕で私を抱いて庇った。彼の肩越しに、ドラゴンを睨む。
ドラゴンはなんと、羽ばたいて飛んだ。飛び上がったのだ。既に騎士団達の猛攻を受けて傷だらけ、私に穿たれて穴の空いた翼で。なおも、上昇する。
なんという生命力。
駄目だ。今、上空からブレスを吐かれたら全滅する。防御を。
だけど。肩にぽっかり空いた穴から、大量に血が流れ出ている。長くは無い筈だ。ドラゴンの驚くべき生命力に、届いた筈だ。
ここで逃がしたくは――
「待て!」
「!?」
そこで。
私達の視界が唐突に暗くなった。
皆が上を見上げる。今はまだ、午前中の筈だ。雲が出たとしても、こんなに、夜のように暗くはならない。
「………………群れだ」
傷付いたメスのファイアードラゴンの、さらに上空に。
空を覆う、ドラゴンの群れがあった。
「…………まじかよ。これ……」
「おいおい……滅びるぞ。人類」
あの。
たった1頭に、ここまで苦戦して。なのに倒せなくて。逃がしてしまったドラゴンが。
見る限り、数十頭。無傷で大空を覆い尽くしている。
絶望。私達が死ぬだけじゃない。こんなドラゴンの群れが来たら。どんな国だって敵わない。滅びる。
ふらふらと、私達が戦っていたドラゴンが群れへと向かう。
群れの方から、1頭、ひと回り大きなドラゴンがそのドラゴンの元へ降りてきて。
「!?」
大きく長い顎で、『彼女』の首に噛み付いた。
その鋭い牙で擦り切られ、容易く鱗を貫通し。そのまま噛み砕き。
頭と首がふたつに分かれて、『彼女』は絶命した。
大きなドラゴンはそれから私達を一瞥して。
「…………?」
群れへと戻っていった。
「危ないっ!」
ズドン。
ドラゴンの屍が地面と激突。衝撃と風圧がやってくる。
「……仲間割れ?」
「共食い……?」
ドラゴンの群れはこちらへ降りてくることもなく、北の空――魔界の方へと消えていった。
◇◇◇
それから次に私が目を覚ましたのは、1ヶ月後らしい。
「エルル」
いつも、目を覚ますとルフが居る。これがどれほど私に安堵感を与えてくれるか。
抱き寄せる。ここは。
「洞窟内部の女用住居です。エルルは姫なので、男の戦士達と同室ではなく、ここを貸してくれました」
「…………そう。ありがたいわね」
勿論、私は別に男性達と同じ所で治療を受けても問題ないし、それを拒絶などしない。けれど、洞窟エルフ達の敬意と配慮を無下になどできない。
耳は――聴こえる。脚は――動かないが感覚はある。
ここは木造の住居の一室だ。暖かく、清潔で綺麗な部屋。私は白い羽毛布団のベッドで眠っていたらしい。
「あなたとジンの怪我は」
「大丈夫です。私もジンも五体満足ですよ。私もまだ完治はしていませんが、数日前から起きています。ジンは今、多分戦士達と筋トレしています」
「………………ジンって本当にニンゲン?」
「ふふ」
抱き締める。吸い込む。戦いは終わった。
「まず栄養を摂りましょう。失った血を」




