第268話 正面から開始する災害
戦闘の基本は、不意打ちだ。
自陣に損害なく敵を無力化することが理想だ。となれば、敵に見つかる前に攻撃し、倒すことが理想。
戦争の基本は、攻撃に頼ることなく勝利することだ。武力を行使させられた時点で既に金と人と費用が掛かる。そもそもが赤字スタートなのだ。よって平時からの外交努力と軍備増強が求められる。
「対ドラゴン戦において、不意打ちは不可能だ。奴らは必ず気付く。感覚器官や魔力探知とは別の何か、察知する特殊能力を持っている」
「では、逃げられてしまうのでは?」
「いや。ドラゴンは最強生物だ。縄張りに入ってきた羽虫を排除しようとする。ニンゲン界侵入時にステルスで俺達から隠れたのは、まだ縄張りを作っていなかったからだ」
不意打ちが効かない。
戦争においてはそれだけで、抑止力になる。戦おうとすれば必ず正面から挑まなくてはならなくなり、被害は免れないからだ。
「この先だな。起きている。既に把握されているぞ」
「分かったわ。後は任せて頂戴」
木々を掻き分けて、水場へ着く。ルードはその場から離脱。彼ではドラゴンを止められないらしい。
この近くには、既に滅ぼされた村があった。ドラゴンが勝手に縄張りと決めた範囲内にあったからだ。
「でけえ」
ぽつりとジンが漏らした。ドラゴンは既に、私達の方を向いて臨戦態勢だった。
「防御――!!」
熱。
◇◇◇
私とルフは頭で考えるよりも先に魔力を全開にして空気の球でジンを覆った。ブレス対策として考えていたものだ。
私の球とルフの球との間を真空にして、熱と炎を通さない設計だ。
だった。
「……!!」
ドカン。
私達はとんでもない力で周りの木々ごと根こそぎ吹き飛ばされた。背中に衝撃が走り、息が止まる。
「――ル!」
「がはっ……」
背後の岩に叩き付けられたのだ。耳も聞こえない。爆音でやられた。
咄嗟にルフを庇った。彼女はまだ動ける筈だ。だけどなぜ、炎に破壊力があるのか?
ドラゴンは私達を視界に収めた瞬間に攻撃を仕掛けてきた。開戦の合図など無い。正面から戦闘を開始したのに、不意打ちを食らった。まだ死んでいないのは奇跡だ。これは、ヒト種の魔法の規模じゃない。自然災害と同レベルの、『無理』だ。
「あ……ぎ……ぁ!」
立ち上がれ。追撃を受けたら間違いなく死ぬ。殺される。死んでも起きろ。状況の把握。耳も鼻も利かない。目を開けろ。息は、肺は忘れろ。魔力を。魔腺を開け。
「!!」
バチン。私の胸にドラゴンの爪が迫っていたらしい。それを、ルフがナイフで弾いた。物凄い膂力だ。既に魔臓加圧を使っている。けれど弾くのが精一杯。目の前にはいつの間にか、赤黒い鱗の壁。近付かれると全体を把握できない。100トンの重量が迫る。魔法とか関係なく、それだけで圧死する――
「――――っ!!」
魔力強化。強化。強化。
気泡の魔法を最高硬度にして、同時に地面から壁を生やす。風を全力で作り、横へ避ける。
速すぎる。強すぎる。大きすぎる。
「――ラァ!!」
ジン。ジンの声だ。霞んだ視界の端。彼は既に肩口から流血していた。けれど斬り掛かっている。鱗を何枚か、欠けさせている。
硬すぎる。
「がはぁっ! げほっ! げぇほっ!」
せり上がっていた横隔膜が戻ってきた。数回の咳の後、即座に体勢を立て直す。立て直せ。
「来ます!」
「ジン! うじろにっ!!」
血と土の混じった声で叫ぶ。ドラゴンはその巨体を回転させようとしていた。群がる羽虫を嫌がるように。巻き込まれれば命は無い。
ジンがこちらへ待避してきた。今度こそ。
「防御っ!!」
もう、正面からは受け止めない。受け流す。ドラゴンの太い尻尾が超速で迫る。




