第267話 振り返る例外の仲間達
ドラゴンは巨体である。
全長は種にもよるが、特に今回のファイアードラゴンは平均で20m〜30mほど。翼を広げた幅は50m以上にもなる。
体重も言わずもがな。成竜の場合150トン〜200トン。
そんな体重と大きさでは、自重で潰れてしまい、動くこともできない筈。だけど彼らは、まるで重力から解き放たれているように自由に飛び回る。
その秘密は、魔力強化だ。
150トンの身体に蓄えられた莫大な魔力で身体を強化して、彼らは日々生活を送っている。心臓の鼓動と同じく、死ぬまで尽きることのない魔力強化。
恐らくは、私が何百人も必要なほどの魔力量。
魔力強化は肉体の膂力だけでなく、感覚器官をも強化する。つまりドラゴンは、五感全てが発達している。
自身の縄張り内の異変をすぐさま察知できる嗅覚、聴覚、視覚。そして超広範囲の魔力探知。
ドラゴンは警戒している――
最強の生物なのに。
「まずは水垢離だ。全ての匂いを落とせ。その次に、この山の葉で作った服を用意する。それから土を被れ。魔力を浸透させるなよ。全ての工程は、最初からステルスしながらやれ。川に入ったら、ドラゴンとの戦闘開始まで魔力を少しも漏らすな」
出発の時に、ルードからの指示があった。私達は冬のエルックリンの川で水垢離をしたのだ。
死ぬかと思った。
◇◇◇
そして。
「まだ新しい。昨日の朝に付けたものだな。確か、近くに水場があった筈だ。そこに居る可能性が高い」
たった数日で、見付けたんだ。流石、洞窟のエルフ。
「……しかし、驚いたな。エルルとルフは俺達男のエルフ……それも山を知り尽くしたレイゼンガルドの速度に付いてくる」
「そうかしら」
「それより……同じく付いてきた、ニンゲン。ジンと言ったか。お前はエルフのように種族としては森に慣れていないのに、驚異的な速度だ。俺達エルフの隠密歩行ではなく、普通の隠密歩行で追い付くとは」
褒められたジンは、頬をかいた。本職の戦士に褒められて嬉しそうだ。
「メスとニンゲンしか居ないパーティは、遅い方に合わせて速度は落ちるのが普通だがな」
「私達は、冒険者になる為に男の冒険レベルを想定して子供の頃から訓練してきたから。人生を懸けているのよ」
「…………なるほど。A級の心構えは既にできているのだな。充分『例外』のチームだ」
私が驚くべきも、やはりジンだ。彼の体力は本当に凄い。オルスで追っ手から逃げていた時から感じていた。彼はニンゲンとしての『弱さ』を一切見せない。ルフに聞いたことがかる。いくら戦闘で強いニンゲンでも、知らない土地へ行くとすぐに感染症に罹ったり、体調を崩したりするのだと。ジンはそれが一切無い。私達エルフと同じように旅をすることができる。
そして私達は。男達で組まれた冒険者パーティと同じ速度で冒険ができる。
それを可能にするだけの鍛錬を、積んできたのだ。
「作戦は?」
「戦闘開始と同時に仲間達へ合図を出す。既に先行していた仲間が騎士団へ伝令を送っている。良いか。ドラゴンを仕留めるのは騎士団の本隊に任せろ。お前達は、ドラゴンの注意を引いて、ターゲットを分散させるんだ。矢面に立ち、ドラゴンの攻撃を凌ぐ。……できるか?」
「やるしかないのでしょう? 全てを出し切るわ。ねえルフ。ジン」
振り返る。
ルフはいつも通りだ。きっと、それが彼女の強さ。私と一緒に居る限り、彼女がブレることはない。
「前衛は任せて」
「魔剣が無くても大丈夫なの?」
「黒銀の手袋とフォルトゥナがあれば、多分なんとかなるよ。姉ちゃん達は、俺が弾き漏らした攻撃を頼む」
「…………待って、ひとりで挑む気?」
「うん。やらせてよ」
「………………」
ジンは。
自分を過信している訳じゃない。ここまで、ドラゴンの目と鼻の先まで来て。そう言った。
ここへ来るまでに、ツヴァイハンターやモナ・アプリーレの話を聞いたからだろう。
彼は本気で、六化六強を狙っていたりするのだろうか。
「分かったわ。私達は援護に」
「分かりました」
いよいよだ。




