第264話 疑いたくなる例外の女性
「ドラゴンの魔力探知範囲はドワーフの数倍〜数百倍だ。半径100キロは当たり前。つまり奴に気付かれずに近付くには、まず『魔力ステルス』。これが前提だ」
「できるわ」
「!」
亜人狩りのワフィ・フォルジュロンの探知範囲は5キロだった。それでも当時は強大に感じていたのに。それをあっさりと超えてくる。ヒト種とドラゴン種の違い。種族が違うということは、そういうことだ。
魔力ステルスは最早、私達ニンフの得意魔法だ。探知魔法に長ける洞窟エルフ達はすぐに分かる筈。
「…………確かに。温室育ちのエルフにしては驚いた。持続時間は?」
「丸一日でも」
「それ以上は?」
「…………一度も途切れさせないとなれば、丸2日が限度かしらね。それ以上は、私のコンディションに関わるわ」
私はこれまでの旅で色んな魔法を使えるようになったけれど。エルゲンであるため、魔法を使い過ぎると身体が魔力に侵食されて倒れる。普通のエルフのようにはいかない。
だから戦いは、常に短期決戦でなければならない。
「ギリギリだな」
「そうなの?」
「魔力ステルスを持続させたまま、ドラゴンの居所まで行かねばならん。縄張りを監視しているドラゴンに対して、痕跡を追わせず追うのだ。持久戦になる」
たとえ魔力ステルスができたところで。ドラゴンの魔力探知を対策できたに過ぎない。ヒトより賢いと言われるドラゴンは僅かな痕跡から自分の追跡を知るし、嗅覚も聴覚も視覚も優れる。神経を研ぎ澄ませながら進む『かくれんぼ』と『鬼ごっこ』をしながら、魔力ステルスを持続させつつ、100キロの険しい山道を行く。
過酷な持久戦だ。その上、ドラゴンの位置を補足しておかなければならない。
「そういうことなら、私と交代で魔力ステルスを行えば長期間のステルス行軍は可能です」
「ルフ」
ルフも立ち上がり、ステルスを披露する。
「ステルスは使用者にしか効果は無いんだぞ」
「いいえ。ステルスする範囲を広げれば、隣の者と一緒に隠れることは可能よ」
ステルスエリア。魔力ステルスの範囲を、ルフを覆う程度に広げる。
これを交代で行うのだ。
「………………!」
戦士達は驚いていた。魔力ステルスは魔界の技術だけれど、これは私のオリジナルだからだ。
「…………そんなことが」
「できるわ。なんならジンと3人で行動するわよ。私達はパーティで、彼は頼れる前衛だから」
ジンも立った。ニンゲンでも有用な戦士が居ることは、モナの例から彼らは知っている筈だ。
「…………ニンゲンの冒険者。もしかしてお前は魔導士か?」
「! 分かるの?」
ルードが訊ねた。今度はこちらが驚く。
「魔導士の所作には癖があってな。手遊びで空中の魔素を丸めたりする。俺達レイゼンガルドには探知できるんだ」
「……それって、以前にも魔導士と会ったことがあるってこと?」
「ああ。前々回の竜の季節だ。ツヴァイハンターの女の方が魔導士だった」
「ツヴァイハンター……。その人の名前は?」
ニンゲン界に、他にも魔導士が。しかしカナカナでもペルソナでも無い。カナカナの弟子ではないのだろうか。となると他にもニンゲン界に、魔導術の使い手が? つまり、魔界クリューソス大陸ヴァルキリー鉱山出身者が。
「ミルドレッド・アトモスフィアと名乗っていたな。魔界のことは詳しくないが、姓を持つニンゲンというのは珍しい。恐らくは奴隷ではない貴族家だろう」
女性。それもニンゲンの。
この世界は男性の方が強かったのではないかと疑いたくなるほど、『例外』の女性が存在する。
「ジン。知ってる?」
「いや。聞いたこと無いな。師匠以外の、ニンゲン界の魔導士か。ヴァルキリー本家なら把握してるかもしれないけど」
臆するな。
私も、そこへ行くのだ。




