第263話 高鳴る姫としての重圧
竜の季節。
エルックリン地方は、昔からドラゴンの生息地として知られている。目撃例は少ないが、大昔から情報を集め続けているからだ。
ドラゴンが大氷壁を越えてニンゲン界へやってくるのは、ドラゴンにとって比較的穏やかな気候の時である。
それは勿論ながら、ニンゲン界での気温や天候のことではない。
魔界の情勢である。
洞窟のエルフ達は、ニンゲンによる国境騎士団の組織よりも遥か昔から、この人魔境界線を監視してきた。
彼らは、いつドラゴンがやってくるかある程度の予測が可能なのだ。それを、竜の季節と呼んでいる。
「俺は今年で562になる。最年長だ」
「!」
夜。
広範囲を遠くまで哨戒している数人の戦士を除き、エルフの戦士達が帰ってきた。同じテーブルに着く。
私達のことをルードが説明したところで、右眼を傷で失っているであろう老練のエルフが切り出した。
緊張が走る。
562歳。最年長。
あり得ないほど若い。
それはエルックリンという地の過酷さを象徴しているようだった。
「500年前の人魔大戦以前を知る唯一の戦士になっちまった。俺が死ねば残るのは300歳以下のガキ共だけになる。この集落はもう、終わりかけてる」
集落の規模は、全部で50人程度だという。それで、何千キロもある大氷壁を監視できるのか。
「『エルフの姫』。あんたを見た時には俺は、『名』の返上の時が来たかと思ったが」
「!」
名の返上。それを知る世代。ニンゲン達の前で、その話をするのか。
「……ええ。今回は単純に、私達のパーティがA級に上がるための依頼としてドラゴン退治を受けてきただけよ」
答える。彼の左眼の光は鋭い。彼が族長、戦士長と言われても納得できる風格がある。
「…………俺達洞窟エルフは、数千年の昔に魔人からレイゼンガルドの名を預かった。血が途絶え、失われた『鉱人族』の名だ。いつか、魔界のドワーフへ還すことが部族の願いだった」
「ええ」
頷く。
彼は、私がその話を知っていることに少しだけ安堵の感情を漏らした。
「エルル姫。あんたはエルフ種族の姫でありながら、冒険者だと言う。返還の使命を帯びたということか?」
「いいえ。私が冒険者をやっているのは『私がやりたいから』よ。けれど、大長老の悲願も知っているから。どうせ世界中を旅するのだから、ついでに、返還ができると思っているわ」
「…………は」
やはり、彼も驚いているようだった。乾いた笑い。私もにこりと返す。
「………………ファイアードラゴンを討伐するには、まず奴の正面に立って注意を引く役目が必要だ。つまり、正面から戦って持ち堪える実力が」
「ええ」
「正直人手は足りない。今からできる作戦じゃ大勢死ぬだろう。特に騎士団さんよ」
騎士団達を見る。彼らはレイゼンガルドと交渉にやったきたのだ。
「気にしなくて良い。我ら国境騎士団は人魔境界を侵す魔界の勢力を止めることが本懐だ」
そう答えるに決まっている。
「…………エルル姫。あんたが俺達に実力を示せれば。その上で、俺達の上に立てば。洞窟エルフは纏まるだろう。その結果ドラゴンを討伐できれば。俺達も文句無しに、レイゼンガルドの名を預けることができる。そうすればもう、俺達は終わっても良い。数千年ここで戦ってきた意味ができる。先祖達も報われる」
「…………!」
どくんと。
高鳴った。恐らくは、重圧。
責任。
姫として。エルフを束ねる血筋として。
私が。レイゼンガルドを、ここで貰い受ける。
ここに来るまで。彼と話すまで考えてもいなかったけれど。
「……洞窟エルフの戦士達が一丸となれるなら、騎士団と協力もできるだろう」
「ルード」
再度。皆の視線が私に集まる。
私が鍵。
「何をすれば実力を示せる? やるわ」
高揚する。




