第262話 代理に過ぎない族長の息子
ルードは表情を余り動かさない人物だけど、私の顔を一応は立ててくれているようだ。立ち話もなんだからと、居住区画の横穴へ通された。
外で待たせるのもなんだからと、騎士団達も一緒にだ。
彼らは広い洞窟の中に、丸太や角材を組んだ木造の建物を建築して暮らしていた。洞窟に住むとは言え、衛生観念からその辺りはきちんとしているのだそう。
その建物ではなく、建物の外――洞窟の中ではあるのだけど、広場のような所で、テーブルを囲む。
洞窟エルフの戦士達が、狩りへ外に出る際に会議として使うテーブルだそう。
「前回の竜の季節。群れ所属のファイアードラゴンのオスを撃退した時。俺達洞窟エルフの戦士が4人死んだ。内ひとりは戦士長だった」
「!」
一昨年のニュースは、ウリスマで記事を読んだ。『六化六強』候補のモナ・アプリーレが撃退に成功したと。
それは騎士団とレイゼンガルドの協力と共にあったことは明白だ。
「それから夏に、族長が死んだ。『寿命』だ。次の戦士長が決まらなくてな」
寿命。
ニンゲンである騎士団員達は不思議そうにした。エルフに寿命は無い筈だと。
あるのだ。精神的要因で、エルフは老けていく。本来ストレスのない生活をしていれば、寿命は驚くほど長いのに。大長老などは2000年も生きているのに。
ストレスで。100年で死ぬエルフも居る。主に、ニンゲン社会で暮らすエルフは。
「ルード。あなたは?」
「俺は消去法の代理に過ぎない。族長の息子だが、五男だ。兄達はエルックリンを離れた。戦士としての腕もさほど立たない。だが、誰かがこの役目をやるしかない。……他の戦士は俺以上に気難しく、上に立つことはできない」
「…………」
「だが俺では若く、歴戦の戦士達全員の指揮は執れない。俺もリーダーの器ではない。……こんな状況だ。ニンゲンの統率された騎士団とまともに連携を取れるとは思えない」
「ルード……」
悔しそうに眉を寄せていた。今この洞窟には、女性と子供の他に彼しか居ないのだ。残りの戦士達は、思い思いに単独でドラゴンを追っているのか。
「それに、たとえ俺達が機能したとして、従来の作戦を行おうにも前回のモナ・アプリーレのような『中心人物』が居ない。被害は増えるが、昔ながらのドラゴン退治をするしかないだろう」
「………………」
レイゼンガルドは騎士団と揉めていた訳ではなくて。
協力できないことを悔やんでいたのだ。
「……そっちのエルフさんは冒険者だろう? ギルドが寄越したなら、モナちゃんと同じくらいの実力があるってことじゃないのか?」
「!」
騎士団員のひとりが、私を指してそう言った。
ルード含め、全員の視線が私に集まる。
「その、モナ・アプリーレとは会ったことも無いから分からないけれど。私達は3年間、ドラゴンと戦う為に鍛えてきたのよ。私達にできることがあるなら教えて頂戴」
「……お前、戦えるのか?」
「勿論」
「…………」
ルードは探知魔法の達人と見受けられる。その彼の審美眼が、私を捉える。
「俺達境界線近くの亜人は、ニンゲン界中心部で生まれ育った亜人のことをしばしば『温室育ち』と呼び、弱く扱っている」
「そう。魔族よりは優しいのね」
「…………夜に、戦士達が戻って来る。皆の前で実力を見せられたら去年の作戦が使えるとして、戦士達を説得してみよう。騎士団達も良いか」
温室育ち。また、新しい差別語か。
確かに私は、巨大森という安全な場所でぬくぬくと育った。それは間違いない。
「望むところよ」
けれど。
森を出てからの旅がぬるかったとは、誰にも言わせない。




