第261話 必要のない敬意と礼儀
洞窟エルフ。
肌はとても白い。陽の光を余り浴びないのだろうか。
身体は筋肉質だ。この人だけかもしれないけれど。
背は高い。ジンと同じくらい。
編み込まれた黒い髪。この地方の文化だろうか。
「こんにちは」
「…………話は終わりだ」
「そんな……!」
彼は騎士団員と話していたが、私が近付くと騎士団員との会話を打ち切り、こちらへ向いた。
「アーテルフェイスだな」
「……ええ。分かるの?」
「魔力で判る」
オレンジ色の瞳をしていた。目付きは鋭い。精悍な顔付き。戦士だ。
「彼女はエルフの姫ですよ?」
ルフが問い詰める。私をアーテルフェイスだと知りながら、私に対しての態度が気に食わないのだろう。私は気にしないのに。
「だからなんだ。俺達の洞窟に入ってきて即座に攻撃しない時点で充分敬意は払っているだろ」
「…………洞窟エルフは、ドワーフのように探知が得意なのね」
私が彼の態度を気にしないことが伝わったのか、少しだけ警戒を解いてくれた。
「……俺はルード・レイゼンガルド。俺の姉がルエフ・アーテルフェイスに嫁いだからな。お前達とも一応、親族ということになる」
「エルルよ。こっちは再従姉妹のルフと、パーティーメンバーのジン」
「エルフがニンゲンとパーティだと?」
「ええ。彼は頼りになるわ。魔導術を修めている」
「…………」
ルードがジンを訝しみながら見る。ふたりとも体格が良い。ルードの方がやや細めだろうか。
「エルル? その名。お前が例の……」
「……そうね。どの例か知らないけれど。私がゲンとエルフィナの娘で、オルス指名手配犯のエルル」
「…………」
彼の姉が大長老に嫁いだレイゼンガルド。つまり、嫁ぐ原因を作ったのが、私の父であるゲンだ。殆どのアーテルフェイスが死ぬことになった、魔界での大捕物の。
「……同情しよう。お前は望んでそう産まれた訳では無い」
「要らないわ。私は受け入れている」
「なに?」
「最近ようやくね? ニンゲンのような恋心を知って。悪くないと思い始めてきたのよ」
「…………」
「寧ろ、あなたのお姉さんだって望んでルエフに嫁いだ訳じゃないでしょう?」
エルゲンへの差別は、ニンゲン界だけだったか魔界にもあるのか。少なくともこの地方でも、同情されるほどのことなのだろう。
「…………エルフの王アーテルフェイスに嫁ぐのだ。部族を代表してな。光栄である筈だ」
「ええ。否定はしないわ。それより、ドラゴン退治よ。私達はその為にやってきたの。国境騎士団と、あなた達レイゼンガルドと協力して事に当たろうと考えていたのだけど、揉めているの?」
それより。私がそう言った時、彼は少し驚いていた。エルゲンであることやエルフ種族のことをそれ扱いしたからだろう。
私はエルフの姫だけれど、種族の汚点の証でもある。本来、アーテルフェイスにだって恨まれて殺されてもおかしくない存在なのだ。
私は正統な姫であったフェルナの唯一の娘であるエルフィナの、唯一の娘だけれど。
彼らレイゼンガルドや他の部族のエルフのお陰で、既にエルフの姫は私だけではなくなっている。次代の姫は生まれ育っている。
私はアーテルフェイスを代表してレイゼンガルドに感謝も謝罪もしない。彼らにだって、私への敬意や礼儀などを求めない。
私はただのひとりの冒険者として、エルックリンへ来たのだ。
「…………前回のドラゴン退治の後、洞窟エルフは世代交代した。国境騎士団との契約はその時に切れたのだ。無償でニンゲンに手を貸すほど、今の俺達は豊かではない」
今はエルフの話より。このドラゴン退治について話を進めなければならない。
「詳しく話してくれるかしら。協力したいのよ」




