第26話 エルフの姫の巣立ちの日【第1章最終話】
そうして、母は立ち上がった。オルス全国から、エルフの女性を集めて。予てより水面下で準備をしていたらしいプロジェクトを遂に立ち上げると、メディアに宣言した。
楽園を創ると。90年掛けて、誰も近寄らなくなった森を、再生したと。
母は、記者達の前で。少しだけ大きくなったお腹を撫でて、こう言ったらしい。
「この子は産みます。私はあなた方ニンゲンと違って、命と、命の行為を、粗末にはしません」
これは、ニンゲンに対抗するためのプロジェクトだった。だから、この森にニンゲンは居ないのだ。
全国から、エルフだけではなく。ドワーフやハーピー、他の亜人達もやってきた。押し寄せた。オルス政府も無視できない規模になった。半ば強引ではあったけれど、認められた。認められてからは、国外からも希望者が殺到した。皆、求めていたのだ。ニンゲンによって燃やされた、亜人の安住の地を。
亜人を保護する、最終駆け込み寺。巨大森はそうして誕生した。
◇◇◇
「……それから、時が経って。あなたが生まれて。……この森は、女性達にとっての『当たり前』になった。厳しい自然界では、安住の地があること自体奇跡に近い筈なのに、ここへ来れば保護されて当たり前と。……感謝や平伏が欲しい訳では無いけれど、これもまた、勘違いの一種なのよね」
母は続ける。現状、この森をどう思っているか。
責任者として。
「本当に苦しんだ子達は、きちんと分かってくれていて。心が快復したら、ここを去る子も居るわ。私の理想。けれど問題は、恵まれているのに不平不満を漏らし、大して苦しんでいないのにこの世は最悪だと決め付けて、当たり前にある筈の楽園を求めて、この森へやってきた子達。彼女達は、とても声が大きいの。本当に弱っている子達を蔑ろにしてでも、自分達への救済を声高に主張して。……とっても、強いのよ」
巨大森は、男性とニンゲン以外なら誰でも受け入れる。そうしなければ、何を言われるか分からない。亜人で女性ならどんな人であっても受け入れる。受け入れてきた結果が、今だ。先日の、地獄耳の魔法で聞いた声達だ。
「そういう子達は、この森へ来てもまだ、男性と戦っていたりするの。男性や、周りから『エルフェミ』なんて蔑称で呼ばれて」
地獄はそうして作られた。この森が必要無い筈の『強い女性』によって。
「お母様はまさか、全部分かって……」
「……ルフにね。気付かされちゃったこともあるの」
男性が嫌い。ニンゲンが嫌い。それは事実だろう。母とて、エルフだ。何も全能の神などではない。感情論的に、私を見ていた時もあった筈だ。私の顔から、私の父親を連想した事もあった筈。
けれど。
「私はもう、一生ここから動けない。私を信じて付いて来てくれた子達を裏切れないから。私はフェミニストの女王。楽園の創始者。エルフィナ・エーデルワイス。……宗教の教祖って、こんな気持ちなのかしらね」
130年も生きてきたら、きっと色々、見えてくるんだ。分かるんだ。
思えばもっと幼い頃から、私に言い続けてきた。
「あなたは、エルル。自由に生きてね。自分で選んで歩いて。いずれきっと、外の世界へ出て。見て。学んで。幸せを見付けてね。あなたはとっても、賢い子だから」
一番の笑顔をここで貰った。
もっと世界を、知りたいと思った。
◇◇◇
私はエルル。
エルル・エーデルワイス。オルス国指定、特定文化的亜人保護区、通称巨大森出身。
母はエルフの女王にして、元従軍娼婦。父はニンゲンの冒険者にして、強姦犯罪者。
私はエルフの姫。
「姫様……」
「ごめんねルルゥ。今までありがとう」
ルルゥの表情は晴れていない。けれど……ああ。ルフの言葉は正しかった。ルルゥがこんな表情をしているのに、私は。
もう止まれない。
11歳。
夏の終わり。ヒト種としては随分早く。クレイドリからは、少し遅れて。
髪を切った。姫から少し離れるから。旅がしやすいように。動きやすいように。
「行ってきます」
巣立ちの日。




