第258話 改めて思い知る危険度
3日ほどで、エルックリン山脈が見えてくる。ここからは登山だけれど、森からは抜ける。開けた見晴らしの、岩山だ。
「……待って」
「!」
ひと声で先頭のジンがぴたりと止まった。
「どうしました?」
ルフは探知魔法を切らしていない。つまり、私にしか分からないということ。
「……『魔力ステルス』だわ。ジンの位置から50メートル先。2キロ四方くらいの範囲が、魔法によって隠されて、それごとステルスされている」
認識阻害……。視覚阻害? よく見れば分かるけれど、こうも殺風景な岩場だと見付けにくい。けれど、確実に魔法で何かを隠している。その上から、探知魔法に引っ掛からないようにステルスまで被せて。
「…………本当ですか?」
「ええ。間違いなく何か居るわね」
「……これはエルルだから見えたことですね。知らずに進んでいたでしょう」
どうする。迂回するのも手だけれど。
「向こうからは、捕捉されていると考えて良いわよね。目視圏内だもの」
「はい。今は隙を窺っているだけでしょう」
「……ジン。戦闘準備を」
「分かった」
ここはエルックリン山脈。ニンゲン界の端。魔界の入口。何が出てきてもおかしくはない。
「魔導術」
ジンが、ステルスと視覚阻害魔法を正確に引き剥がした。
「キャァァァァァアッ!!」
「!」
現れたのは、竜?
翼は無い。小型だ。二足歩行。馬くらいの大きさ。分厚そうな体表。トカゲ。脚の指に巨大な鉤爪。
女のような高い叫声。
「ロッキーカメレオン!」
ルフがその名称を言う間に、飛び掛かってきた。全部で20体ほど。俊敏な動きだ。狙いを絞らせないように散り散りになってから、一斉に全方向から鉤爪をぎらつかせて。
「ふん!」
ジンが、鉄剣のひと振りでまず2匹を叩き潰す。私は反射的に風の結界を出して、空中に飛び上がったカメレオンを吹き飛ばす。
「魔法です!」
「ジン!」
「うん!」
ロッキーカメレオンは魔法を使う。ステルスだけじゃない。後方に居た数匹から、火の球が撃ち出される。
私達の前衛はジンだ。問題ない。その間に、ジンに迫っていた数匹を吹き飛ばす。
やはり咄嗟に出るのは風魔法だ。一番身体に馴染んでいる。
「うっ」
「ルフ!?」
「軽傷です! 視覚阻害を攻撃でも使用してきます!」
ルフが鉤爪によって腕を傷付けられた。ベテラン冒険者の彼女が怪我をするなんて。
「キャアアアアア!!」
うるさい。耳が痛い。声で怯ませて硬直させた隙を刈るのか。
「うおおお!」
◇◇◇
数十分に渡る戦闘が終わった。24体のロッキーカメレオンを全滅させた。
「ルフ!」
「問題ありません。毒も無いようです」
ここは、ロッキーカメレオンの巣だったのか。思い掛けない戦闘になってしまった。
「…………彼らは逃げなかったのね」
「つまりは、あの程度の視覚阻害とステルスを重ね掛けすればドラゴンにも見付からないということでしょう。魔法を使う生物は相当賢いので、ドラゴンの実力を見誤ることは無いと思います」
今日はここで休む必要がある。ルフも負傷して、私も予想以上に魔法を使いすぎた。
「…………こんな危険度の生物が出るのね。流石魔界の入口」
「うーん。やっぱり魔導剣欲しいなあ」
そう言いながら鉄剣を収めるジン。彼は無傷だ。流石ソロA級。
「さて。ロッキーカメレオンは食べられるのかしら。久々の肉じゃない?」
「そうですね。貴重なエネルギー源、頂きましょう」
「捌き方分かんないや……」
例えば、魔導術も魔法も無いニンゲンの冒険者は、今の戦闘をどう切り抜けるのだろう。
改めて、自然界の危険度を思い知った。




