第257話 欠落した危機察知能力
森をさらに北上する。エルックリン山脈には、エルフの集落があるのだ。そこを目指す。
「探知魔法とステルスを切らさないように。私達のミスで騎士団の作戦を無駄にしてはいけないわ」
「はい」
「うん」
先頭をジンに任せて、私はステルスに専念。ルフに探知をお願いしている。
森自体は大山脈と比べると歩きやすい。地味な坂道が思った以上に体力を削るけれど、このくらいは今の私達にとっては問題ない。
「やっぱり、一度この目で見ないことには対策も何もないわね。ドラゴン」
「そうですね。魔界の生物はニンゲン界では基本的に空想上の生き物と同義ですから」
まずはドラゴンのことを知らなくてはならない。
◇◇◇
「…………動物や鳥を見掛けませんね。確かに不気味です」
「そうよね」
しばらく歩いて、休憩。そろそろ陽が暮れる。私達も野営だ。
ステルスエリアで囲めば、魔法を使っても探知されない。ドラゴンがどんな魔法を使うのかは分からないけれど、自然界に棲む魔法使いである以上、自身の周囲の安全を確認する程度の術は最低限持っている筈だ。縄張り意識が強いのなら、人類と同じレベルの探知魔法が使えても不思議じゃない。
土魔法で簡易的な小屋を建てる。慣れたものだ。
「今のところ、異常らしい異常はありません。鳥獣が居ないことを除けば、ですが」
「この緊張感、きっと私達の本能的な部分に作用しているわ。確かに、弱い小動物なら逃げ出したくなるかもしれない」
「あっ。そうなの?」
「えっ」
ジンが、目を丸くした。
「姉ちゃん達が言ってる緊張感って、『ドラゴンが居ること』と意識することに対するものかと思ってたけど。本当に何か感じるものがあるんだ? この森」
「…………ジンは感じないのね」
「うん。いつ戦闘が始まってもおかしくないと考えてるから緊張感自体はあるけど。動物がこぞって逃げ出すような『何か』を感じてる訳じゃないや」
ルフと目を合わせる。
「……ニンゲンが、その進化の過程で置いてきた感覚だと思います」
「なるほど。国家という安全圏で一生を暮らして終えるのが『ニンゲンの普通の生態』だものね」
「冒険者の中にはその危機察知能力を備えているニンゲンも居ますが、先祖返りでしょう。少なくともジンには無い」
「俺、A級冒険者の息子なのに……」
「仕方ありません。その代わり、私達が居ます。ジンはいつも通りで良いということです」
「……うん」
小屋の中では暖かい空気を循環させている。服を脱がなければ汗をかくほどに。
「…………食事にしますか? それとも」
「…………うん。あの、こんな時に悪いんだけど……」
ウリスマで買った厚手のコートを脱ぐ。ジンも剣を壁に立て掛けて上着を脱ぐ。
そのテントが露わになる。
「では、私は外で見張りに専念していますね」
「ええ。後で交代ね」
エルフは基本の身体機能的に、食事も睡眠もニンゲンほど多く摂らなくて良い。夜間、ジンが眠っている間は私とルフのどちらかが周囲を警戒できる。
つまり、今この場で油断しても、別に謝ることではないのだ。
本人にはどうしようもない生理現象なのだから。
「まずは水分補給よ。これで脱水症状になんてなったら笑い話にもならないわ」
「……うん」
清潔な水は、魔法でいくらでも出せる。私は水を口の中に含んで、彼とキスをする。
口移しだ。最近、これにハマっている。楽しい。ジンも素直にごくごく飲んでくれる。
「……っぷは」
「じゃあ脱がすわね」
「……いや自分で……」
その後。
小屋の中の匂いが、とんでもないことになったけれど。
まあ、それはそれ。




