第255話 繰り返す清々しい別れ
彼らは対亜人用にきちんと拘束武器を持っている訳でもなかった。そもそも捕らえられはしないと判断していたのだ。
通常の警棒と手錠で向かってきた。対人戦闘を想定するなら大したものだった。だけど。
私は魔法使いだ。
「ぐ…………!」
ニンゲンでは、ただの風魔法をどうすることもできない。全員を吹き飛ばしておしまい。
この報告が、手土産となるだろう。
「エルルさん」
「?」
倒れている彼らを置いて、私達は階段を降りる。この道場にも、もう来ることは無いだろう。沢山の思い出があるけれど、それはもう私の記憶の中にある。
「魔界はニンゲン界の何倍も広い。だからニンゲン界を旅するよりも、確率は低い」
ペルソナが私に話し掛けてきた。ジンではなく。
このパーティのリーダーは私なのだと、理解してくれているからだ。
「だが、俺達冒険者はこう言うのだ! いつかまた、どこかで会おう!」
「…………ふふっ。ええ。また会いましょう」
ペルソナは最後まで元気で、うるさい。でもそれが彼の良い所だ。
「エルルはん。ルフはん」
「ええ」
レイン。
本名はエルレインだ。私はレインという名のニンゲンの冒険者をひとり知っているから、少しややこしい。
「エルファレムに寄りはることがあれば、最初は警戒されるやろうけど、擬似生成魔法見せたらええ。便宜図ってくれる筈やわ」
「そうなの? 分かったわ。ありがとう」
「あと、うちの家族にもし会うたら『男ができた』言うてくれまへんか? おかんが安心しはるわ」
「承ったわ」
魔界エルフの棲処、大森林エルファレム。いずれ行くことにはなるだろう。私はこの世界を踏破するつもりなのだから。
ふたりをまず見送って。
「カナカナはこれからイレンツに行くの?」
「まあな。その後のことは考えてねえが、久々の『自由』だ。好きに生きるさ」
背中に魔導剣を担ぐカナカナ。彼女も、ここから新たな旅が始まる。彼女とシャラーラの対談も興味があるけれど。今は私達も急がなければならない。
「黒銀の鉱床……ヴァルキリー鉱山はクリューソス大陸にある。レナリア大陸での用事が終わったら行けよ。そこであたしとペルソナの名を出せ。お前の魔導剣を打って貰え。ジン」
「!」
ジンは。
皆伝したとはいえ、まだ魔導剣を持っていない。これからも普通の鉄剣で戦うことになる。
黒銀はニンゲン界どころか魔界でも流通していない。ヴァルキリー一族秘伝の鉱物だ。手に入れるには、そこへ行くしかない。
「うん。良いかな、エル姉ちゃん」
「勿論。次はそこへ行きましょう。シャラーラへの土産話も増えるわ」
クリューソス大陸。当然、今初めて聞く。ニンゲン界では習わないし、そんな地図は無い。場所も行き方も分からない。ここでは調べようが無い。
それを見付けるのも、冒険者の楽しみだ。
「カナカナの故郷ね。楽しみだわ」
「なら、あたしは逆にイレンツの次はオルスにでも行くかな。巨大森って、ニンゲンのあたしでも入れるのか?」
「ええ。以前はニンゲンは駄目だったけれど、今は改革したみたいよ。男性は駄目なままだけれど」
「面白そうだ。あたしの魔導術が、六強の三に通用するかどうか」
「母と戦う気?」
「機会があればな」
「…………止めないけど」
カナカナもまだまだ若い。母とはどんな会話になるのだろう。
「んじゃ、ぼちぼち行くぜ」
「ええ。いつかまた、どこかで会いましょう」
「ははっ。早速使ってるな。冒険者の標語だ。――ああ。またな」
何度でも繰り返す、出会いと別れ。清々しい気持ちだ。
「私達も行きましょうか」
「はい。ジン」
「うん。汽車で行きたいところだけど、警察が張ってると思う。徒歩になるね。まずは北東。ペルソナさん達や師匠の向かった道からは外して行こうと思う。こっち」
「頼もしいわね」
アルニアでの用事は全て終わった。ようやく、エルックリンへ向けて出発だ。
エルル・アーテルフェイス。
23歳の冬。




