第254話 理性的で仕方ない対応
「だが……。あなたは『エルフの姫』だ」
「否定はしないわ。けれど、私はその権利も地位も行使したことはないし、したいとも思わない。見れば分かるでしょう? 私はエルフィナ・エーデルワイスの元で育って尚、政治を学んでいない。私にできるのは、冒険に役立つ魔法と魔術くらいよ」
私は政治家ではない。
姫としての責務は、これから果たすのだ。それも、ニンゲン相手ではなくて。
エーデルワイスの使者として、魔界相手にすることだ。
ここでニンゲンと問答することに意味は無い。
「私を捕らえる命令は、オルスの依頼や指示では無い筈よ」
「………………そうだ」
「隊長!」
「良い。嘘を吐いて碌な事にならない。魔法を使える亜人相手にはな」
やはり。オルスと国際警察は私を追っていない。罪が無くなることはないけれど、見逃されている。エルドレッドの効力はまだ通用している。
「ではどうするの? 敵わないと理解しながらも退く気は無いみたい」
「…………いや。逃げられたことにしよう。というより、そうせざるを得ない。今の我々にはあなたを捕まえる実力は無い」
彼らは何のためにここへ来たのだろうか。いや、違う。誰が、彼らを無理矢理ここへ派遣したのか。
カナカナを見る。彼女はある程度事情を分かっているようだった。
「大陸治安維持機関。活動範囲をキャスタリアに限定した国際警察みてえなもんだ。それがアルニアに圧力を掛けてるって訳だな」
「圧力?」
また新たな組織の名前。アルニアの外に居る組織が、アルニアの警察を動かせるのか。
「知っての通り、キャスタリアは神正教の本山だ。大陸治安維持機関のスローガンは『亜人による治安の乱れの防止』。法律に従う限りは何もしてこねえが、エルルは手続き上、国際指名手配犯。キャスタリアに『居ること』すら許せねえんだろうよ」
「………………」
魔法とは、生活を便利にする知恵から発展していった。
私はこの国で。この街で。誰かを傷付けたり困らせたりしただろうか。
…………関係ないのだろう。彼らにとっては。魔法は使ってはいけない。それがルール。それだけ。
「んで、国際警察の意向を無視するこの強行。黒幕は機関の副代表だな」
「!」
カナカナの推理に、ジョンが反応した。図星らしい。
「つまりは『公的』じゃねえ。逮捕状もねえだろ? 副代表の暴走だ。無視して良い。まあ、後で報復が怖えからあたしらもこの道場を引き払うが」
「えっ。待って、カナカナ達に迷惑が掛かるの? それは話が違ってくるわ」
副代表。
誰かは分からないけれど、個人的に私を追っているということか。
「………………」
ジョンは答えない。
ああそうか。私を匿っていたという罪があるのか。
「気にすんな。そもそもジンの修行が終わったんだ。レインはペルソナのパーティに合流して冒険者。あたしはこのまま『外国』を旅するつもりだ。ウリスマには20年以上居たが……。まあ仕方ねえ。そもそもあたしも『旅人』だしな」
「旦那さんは?」
「ああ。一応挨拶してから国を出るさ。心配すんな。別に迷惑ってほどでもねえよエルル」
外国。恐らくイレンツだろう。行き先はこの場で言わない方が良い。私も、使者の話は外に漏らしてはならない。あくまで冒険者として、A級試験を受けるつもりなだけ。
「悪いわね」
「構わねえって。なあペルソナ」
「何の話だ!?」
「な? 馬鹿だから」
あのカナカナが、報復を恐れて身を隠すほどの規模なのだろう。その、大陸治安維持機関というのは。
理解した。
仕方ない。
「では、ここで解散ね。アルニアを出るまでは少なくともペルソナ達と一緒だと思っていたけれど」
「そうだな。まあ、運が良けりゃいつか会えるだろ。しっかりやれよ。ジンお前も」
「うん。ありがとう師匠。レイン。ペルソナさん」
「お世話になりました」
「この歳で冒険者やるなんてなぁ〜」
「俺も満足だ!」
ジョン・アルバス。彼はとても理性的だった。そんな暴走者の部下にしておくには勿体ないほど。
「こっちの話は終わったわ」
「…………ああ。こちらも、『手土産』無しとはいかなくてな」
「ええ。…………掛かってきなさい」
私ひとりで、相手をしてあげる。




