第253話 伝えたいふたつの主張
私は差別に苦しんだことは、実はあまり無い。
いつも、ルフやジン、味方が居てくれたからだ。
差別をされても、戦える余裕があった。力の無い幼少期は、森に居て安全だった。
けど。
ニンゲン社会で育つ亜人の子供達はそうはいかない。
それについては、私よりも彼らが知っていて詳しい筈だ。
ニンゲン達の方が。
「……我々はいち国家の警察官に過ぎない。ニンゲンの代表として、『エルフの姫』に扱われる訳には」
「…………良いわよあなたの意見で」
戦意は感じられない。ここで私達と戦闘するつもりは無いらしい。けれど恐らく、従うと魔封具を着けられてオルスへ連行されるだろう。それだけは避けなければならない。
私だって、こんな所でニンゲンと戦いたくは無い。けれど……。
「…………私はジョン・アルバス。彼らの代表だ」
「ジョン。私はエルルよ。エルル・エーデルワイス」
ニンゲン相手には、エーデルワイスを名乗る。
そしてジョンは、その所属や階級を言わなかった。彼なりの表明だろう。あくまでジョン個人の意見を今から言うのだ。
「…………歴史的に、きちんと『魔法禁止』が施行されてから500年」
「!」
「亜人がニンゲン社会で魔法を使わなくなってからの年月と言い換えられる。その間、生まれた亜人の子は。一度も魔法を使っていないケースが多い」
「…………」
「エルル姫。あなたはニンゲンの国で生まれ育った亜人が魔法を使うところを見たことは?」
「……無いわ」
オルス巨大森やアラボレアは特区。砂漠も同じ。ウラクトは例外だろう。後は冒険者としか、出会っていない。
「もはや、ニンゲン社会に魔法は存在しなくなって久しい。皆、知らないのだろう。私達とて、実際に魔法使いと相対すればこうだ。知らないのだ。魔法の存在と、その脅威を。忘れてしまっている。だから、ニンゲンは亜人の報復を恐れない」
亜人の子供が虐められるということは。
その相手はニンゲンの『子供』だ。
そう教われば。そう考えるようになり、そう育つ。
亜人は虐げても良いのだと。抵抗しないのだと。脅威に値しないのだと。
そう育ったニンゲンが子を産み、またそのように教える。
寿命の長い亜人だけが、忘れずに恨みを募らせていく。
「…………ここ数年で、亜人を取り巻くニンゲン界の情勢が変わりつつある。オルスで発生した『亜人権思想』はキャスタリアまで拡がっている。要するに、魔封具着用義務違反や魔法使用違反の検挙数が爆発的に増えている」
「…………知らなかったわ。私のせい、ということね」
「………………そう考えるのが自然だろうというのが私の見解だ。魔法によってオルス政府から逃げ続けている『エルフの姫』。当初は女性達からの支持が多かったが、今や亜人男性からの支持も得ている」
「…………それで、ニンゲンの手で私を捕らえたと世界に発信するつもりなのね」
「…………この国の上層部はそう考えているだろう」
ニンゲン界の亜人が全員で同時に蜂起すれば。一定の成果は出るだろう。いくつかの国では革命が成功するかもしれない。
そして今度は、ニンゲン界でも魔界と同じように亜人がニンゲンを虐げる世界に反転する。
それを、私は望まないけれど……。
「……私からあなた達に伝えたいのはふたつよ」
「…………」
何がエルフの姫。都合の良い時だけそう呼んで。
「ひとつ。私も、ニンゲン界の亜人の代表ではないわ。指導も統率も扇動もするつもりはない。私はただの冒険者。フェミニストでもないし、革命家でも反逆者でもない。亜人権思想なんて持っていない」
オルスのフェミニスト達は私を持ち上げた。
誠に遺憾だ。ふざけるな。
「ふたつ。私達は今からA級パーティに上がる為の試験を受けに北の冒険者支部まで行くの。邪魔をしないで。実力を行使してでも、私達は進むことを選ぶ。あなた達に危害を加える気は今は無いけれど、どうなるかはあなた達次第」
「………………!」
ジョンの頬から冷や汗が伝う。
私達は魔界へ挑む準備を終えたパーティだ。
今更ニンゲン界の警察などに遅れは取らない。




