第252話 危機感がなさ過ぎる差別
支度をして小屋を出ると、ジンと目が合った。上半身裸で、既に汗をかいている。ひとりで鍛錬をしていたようだ。
「おはよう」
「……おはよう姉ちゃん」
何と言うべきか。
昨日のことを思い出す。自然と目が彼の股間へ向かう。
良くない。
「ありがとう」
「えっ?」
ジンが、そう言った。
「エル姉ちゃんにしてもらったのは、とても意味があると思う。本当に、勇気が必要だったと思う。ありがとう」
「…………ええ」
ルフはジンを、奥手だと評している。
その原因に、私のことが関係しているのは明白だ。
彼は彼の手で私のトラウマを呼び起こしてしまうことを心配している。その心配と自身の性欲とで、上手くバランスを取らなくてはならない。
本当なら、彼は今すぐにでも私達を押し倒してセックスをしたいのかもしれない。
そして、好きな人の望みなら可能な限り叶えてあげたいと私は思っている。
だけど、私にはレイプされた経験からくる男性へのトラウマがあって。彼もそれを知っている。
だから。
「こちらこそ。ありがとうジン。私に合わせてくれて」
私からも、ありがとうなのだ。
本来なら私達は。エデンでお互いの気持ちを確かめ合った日からセックスをしまくっていても不思議ではないのだから。
◇◇◇
山を降りて道場へ戻ると。
「あれは警察ですね」
境内にて、剣呑な空気を感じた。カナカナ達もそこに揃っているようだ。ウリスマでは見掛けない人。けれどアルニアの国章。都市から来た警察か。6人。
「よおエルル。丁度良かった。送別会ができねえのは残念だが、そろそろ『潮時』らしい」
「………………そう」
カナカナが私達に気付く。その台詞で全てを察した。
「『エルフの姫』。本物か……」
警察のひとりが呟く。
私を追ってきたのだ。彼らが国際警察でないところを見ると、エルドレッドの効力はまだあると考えられる。つまりは、アルニア独自の捜査か。
「我々はアルニア警察国際犯罪課の者だ」
「でしょうね」
「エルル・エーデルワイスで間違いないか」
「ええ」
私はこの国で、一体どれだけの魔法を使った?
街へ入るのに、魔封具の装着義務を完全に無視して。
いや。考えるだけ無駄だ。彼らは罪がなくとも罪を与えて捕まえることが容易に可能だ。
「ご同行、願えるか……?」
彼らに緊張感が走る。
魔封具を着けていないエルフを捕らえる実力は、彼らには無いことを示している。問答無用で襲って来ず、交渉をしてきているとこからそれは明らかだ。
「………………」
皆の視線が私に集まる。私の返答次第で、今後の全てが決まる。
「……ひとつ訊きたいのだけど」
「…………なんだ」
「どうして魔封具が無ければ大の男が複数人揃っても女のエルフにすら勝てないニンゲンが、ああも亜人達を罵倒したり卵を投げ付けたり、亜人の反感を買うようなことをできるの? あなた達ニンゲンの戦術的優位性はあんなちっぽけな腕輪ひとつに依存しすぎている。例えばニンゲンの子に亜人だという理由で虐められている幼い亜人の子がどこかで爆発したら、警察に抑えられるまでに一体何人死ぬと思っているの?」
「……!」
魔封具は強力だ。強制的に全ての人類種がニンゲンと同じ規格になる。そこで物を言うのは単純な腕力。そしてニンゲン優位な法律と権力があれば、ニンゲンは簡単に亜人を虐げられるし、実際にそうしてきた。
だけどそれは。何かの拍子に魔封具が外れさえすれば。全てが無に帰す諸刃の刃でもある。
なのに。差別は無くならない。
ニンゲンと亜人の力を『同じ』にしたのなら。公平に扱うべきではないだろうか。
「………………それは」
勿論、彼にこれを訊ねて解決するとは思っていない。
だけど不思議なのだ。
ニンゲンに、あまりにも危機感がなさ過ぎるのではないだろうか。




