第25話 時代と戦った女王の半生
母は強調するように、『あなたの父親』と何度も言った。そこには決して、夫ではないと必死に主張したい願望が見え隠れしていたように思う。
母と、顔も知らない父との間には、愛は無かったのだろうか。
ニンゲン達が世界を征服していく傍らで。昔ながらの営みを続ける亜人種を保護、保全しようという動きがあった。ここ、巨大森もそのひとつだった。ここは元々、エルフ達の暮らす森で。オルス政府の名の下に『文化的亜人保護区』に指定された経緯がある。
この保護法制定の背景に。ニンゲンが栄えていく道中に。
ニンゲンによる、『エルフ狩り』が横行していたことは無視できない。
科学兵器をもって、全種族に対して優位を取ったニンゲンは、『魔法が使える程度』のエルフの森など、簡単に制圧できる。
エルフを狩って――拉致して、どうするのか?
当時のことを年寄りのエルフは侵略とか戦争と言うが。オルスからすればただの統治である。
オルスは……いや。世界中で、ニンゲン達はニンゲン同士で戦争をしていた。その最中の出来事に過ぎない。
結果的にオルスは敗戦し、この森は保護区となる。そんな動乱の時代に、母は生まれた。エルフの王族でもない、一介のエルフとして。
……ニンゲンからすれば、エルフの容姿は、整っていて美しいらしい。そう。拉致したエルフに、ニンゲンの兵隊への慰安を、強要したのだ。つまりは『従軍娼婦』として連行された。そこから始まり、街の娼婦街にも流れた。人身売買が行われた。見世物が催された。
森のエルフは全員が、オルス国のモノとされていた。勝手に。ニンゲン達だけの話し合いで、世界地図に線を引いて。亜人と蔑まれたエルフは、人として扱われはしなかった。
実際には強要ばかりではなく、募集も掛けていたらしいのだが。ともかく、エルフは狩られた。沢山。
エルフの女を守るために、男達は当然に立ち上がった。古代から紡がれる魔法をもって、ニンゲン達に対抗した。
そして、利用価値が無い上に魔法という危険な攻撃性を持つエルフ男性は、現代兵器の前に斃れ、皆殺しの憂き目に遇う。
この森に、男性が居ないのは。
男性を追い出した訳でも、街を新しく作ったからでもない。
滅ぼされたからだ。
「私も、連れて行かれたわ。私の母も。父や兄は殺された。……当時私の母は167歳で、私は26歳。彼らニンゲンからすれば、どちらも若いエルフに映るでしょうね」
母の純潔はそこで散ったらしい。娘の私にそこまで説明しなくてもとは思ったが、これが母の覚悟だった。
「母は死んで。私は偶然生き残った。それから戦争が終わって、森へ帰されたけれど。そこには何も無かったのよ。誰も居ない。ニンゲンの撒いた毒によって枯れた木々が並んだだけの、焼け野原。巨大樹は流石に持ちこたえていたけれど、それも限界だった」
このような経緯を持つことこそが、母の今日のカリスマに繋がっているのかもしれない。男性を憎んで、嫌って、当然の仕打ちを受けてきた。
戦争は100年前だ。ならば私は……。
「私はオルスの街で、ニンゲンに混ざって働くしかなかった。それも、できることと言えば股を開くことくらい。エルフの森で育ったエルフは、ニンゲンの街では暮らせないの。特に戦後のオルス全域で、魔法禁止法が採択されて。保護区以外で魔法を使えば犯罪になったから」
「そんな……」
森の否定。魔法の否定はエルフの否定だ。やはり、権利は無かった。女性だけではない。亜人種全体に。
「それでも、なんとか。80年、頑張ってきたのよ。でも……。どれだけ経っても、どこへ行っても。差別はある。私の働いていた娼館はね。そこまで気を遣える所じゃなかったのよ」
どくん。
また、心臓が跳ねた。察してしまったから。ただでさえ、ヒューイの死をまだ受け入れ切れていないのに。
「エルル。あなたはそうして生まれたの。エルフと、ニンゲンの『合いの子』として」
脳が追い付かない。




