第249話 真面目で冷静で大変な思春期
「レイン! 水着の君も綺麗だ! 結婚してくれ!」
「………………」
「あああ――あれ? レイン?」
「…………ペル君。たまには、真面目な話もしよか」
「お、おう……?」
そんな会話が聴こえてきたのが、夕方に差し掛かってきた頃。レインが、ペルソナの手を引いて人気の無い丘へ向かっていった。
私は湖から逃げるように上がって。
膝を抱えて、湖で遊ぶ人々をぼやっと眺めている。
「疲れたか?」
「カナカナ……」
ひやりと冷たい感触。カナカナが、観光客相手の売店で果汁飲料を買ってきてくれたらしい。受け取る。
「冒険者には、真面目な奴と適度に抜く奴が居る」
「私は前者ね」
「早死にするのは、前者だ」
「…………そう」
そう見えているのだろう。カナカナから私は。
「最初にレナリア大陸へ行くと言ったな」
「ええ」
「あそこも『真面目ちゃん』ばっかだからなあ」
「そうなの?」
「昔ながらの規律や文化を特に重んじる。建物も家系も法律も。ドラゴニュートってのはそういう種族だ。『保守的』って奴だな。レナリアって名前もそうだ。大昔の竜王から取って付けてる」
「……なるほど。保守的。私達は歓迎されなさそうね」
「普通はな。だが、あんたらにはエーデルワイスが後ろ盾に付いてる。まあ、なんとかなるだろ」
まだ、A級にもなれていない。なのにもう、その先の話。
実は結構好きだ。不確定な未来の話。夢や願望の話。
「行ったことあるの?」
「若い頃に一度だけな。ヴァルキリー家と親交が深い貴族が居る国があってな。当時のあたしじゃ、奴らと戦っても倒せなかったと思う。ドラゴニュートは『最強』と謳われる種族だ。使者として行くにしても、最大限の警戒はするべきだぜ」
「……分かったわ」
「『早死に』すんなよ。エルル」
「ええ」
◆◆◆
それからは通常通り、また修行の日々が始まった。良い息抜きになったと思う。ジンも一層気合が入っているみたいで。
ペルソナは、ジンの修行を正式に見てくれるようになった。タイムリミットはあるみたいだけど、レインがどの道ジンの修行が終わるまで離れられないから。
「何かありましたね」
「うっ……」
いつものように修行の見学をしていると。ルフがじとりと見詰めてきた。
通常通り、の筈なのに。
「分かる?」
「分かりやす過ぎです。ずっと目でジンを追っているでしょう。そして、目が合いそうになると逸らす。気付いていませんか? なら無意識ですね」
「………………」
「これまで、エルルはそんなことありませんでした。ジンに見られていても気にしていなかったし、エルルも特にジンを気にして見てはいませんでした」
「………………」
「……『恥じらい』が見えます。心境の変化がありましたね」
「…………ええ。この前の、湖水浴から。水着を褒められて……」
「それは水着ではありません。エルルを褒められたのです」
「…………そう、思ってしまって。だって、あの時私、凄い格好だったわよ」
「露出こそ控えめでしたが、ラインはしっかり出ているようなのを選びましたからね」
「どうして」
「要するに、『男にエロい目で見られている自覚』を促す為です。効果は抜群だったようですね」
「………………ルフには勝てないわね」
自覚した。
させられた。
私は――男性に『見られる』のだ。
とても恥ずかしい。
こんな気持ちは初めてだ。
「でもジン以外は不快だわ」
「それも自覚できて何よりです。シャラーラの全裸がキッカケでしょうか。とにかく、エルルもこれで『思春期』ですね」
「………………」
無意識。
気が付けば、視界にジンが居る。こんなの今まで無かった。
恥ずかしい。
ちらりと、一瞬だけ、彼がこちらを見た。
顔が、急激に熱くなる。
「………………胸が痛いのよ」
「はい」
「……もしかして、皆『これ』を、経験しているの?」
「多くは」
膝を抱える力が一層強くなる。自分自身を抱き締めるように。
彼のことばかり考えてしまう。その横顔。手。仕草。表情。汗。声。腕。
「…………大変過ぎるわ。『恋愛』。思うように、心と身体が動かない」
「成人してからの思春期ですね。もう冷静になってしまっています」
「冷静じゃ、ないわよ……」
膝に顔を沈める。
視界に入る彼の全てが、苦しい。
けど、目を逸らしたくない。
見ているのを気付いて欲しいけれど。
気付かれたくない。
大変だ……。




