第248話 繰り返し響く言葉
気泡の魔法は、アラボレアで形にした。
魔力は、水中でも問題なく流れてくれた。
「…………」
私は泳げない。けれど、パニックにもならなかった。空気で頭を覆って、冷静に水の流れを覚える。
巨大な湖。湖底まで降りるととても冷たい。静かな湖の底。泳ぐ魚は小さい。
「…………」
擬似生成で鉄を作って錘にしている。ゆらゆらと湖底付近を漂う。
気持ちが良い。初めて知った。水遊びも良いものだ。
しばらく脱力して浮かんでいると、激しい水の流れを感じた。見ると、ジンが鬼の形相でこちらへ向かってきていた。
息を止めたまま、数十メートルを潜ってきたのだ。
きっと心配してくれたのだろう。顔が赤いのは、息が切れそうなのだ。
私は擬似生成した錘を彼の方にやって、湖底へと引き込む。鉄のロープのようなイメージだ。それを掴んで貰って。
「……!」
手に到達して。肩を触れて。顔を包み込む。
気泡の魔法。
「ぶはっ! げほっ。姉ちゃん何してんの。急に居なくなっちゃって」
「ごめんなさい。潜るの楽しくなっちゃって。でも凄いわね。人は浮くから、ここまで潜るのは大変だったでしょう」
私の魔法で彼の頭を包むふたりの気泡は繋がる。
静かな湖底に、ふたりだけの世界が生まれる。
「……!」
キスをした。
「…………エル姉ちゃん」
「どう? 擬似生成魔法。様になってきたでしょう。既にプログラムに組み込んで、イメージした形に変形させた状態で生成できるようになったのよ」
寒いだろう。熱魔法も彼に掛ける。
「…………俺はちょっと、スランプかな」
「フォルトゥナね。あれはヴァルキリーの一族でも使い手は少ないみたいね」
「けど、これから魔界へ行くには俺は絶対に覚えなきゃいけないんだ」
錘を変形させて、ふたりを湖底に固定して繋ぐ。
気泡はひとつ。距離が近くて、抱き着くような体勢。
「ねえ、これがあなたのモチベーションになるか分からないから相談なのだけど」
「なに?」
「……修行が完璧に終わったら、『ご褒美』って、欲しい?」
「………………エル姉ちゃんからの?」
「ええ」
驚いた表情。けど、分かる。お互い。
「私、実はあなたのこと、あんまり知らないのよね。トヒアの作る好きな料理とか、エデンでのことなら分かるけれど」
「確かに……。俺、あんまり遊んだことってなくてさ。姉ちゃん達を見送ってからは修行しかしてない。リーリンにも道中『つまらない男っすね』って言われたなあ」
「ふふ。似た者同士よね、私達。今、初めて『遊んでいる』のよ。私達」
「うん。…………楽しい」
「ええ」
「ペルソナさんは慣れてるみたいでさ。水遊びで使うボール? 空気で膨らませて、球技みたいなことしてた。他の観光客も巻き込んで」
「凄いわね。ペルソナはコミュニケーション能力が高いのね」
お互い。
性格が真面目過ぎるのだろう。私は生来。ジンは、私達の為に。
「何が良い? ご褒美」
「うーん……」
触る。逞しい身体。そう言えば、私の水着はジンにとってどう映っただろう。ルフに選んで貰ったのだけど。
「顔、まだ赤いわ」
「そりゃ、エル姉ちゃんがこんな近くに居るし」
「居るし?」
「…………水着だし」
「あ。やっぱり水着って『そう』なのね」
「……うん。恥ずかしながら……。めちゃくちゃ似合ってて。綺麗だよ」
「………………!」
急に。
不意に。
自分に驚いた。
今。
私も顔が赤くなっている筈だ。
熱い。
ああ。
冷静になれない。
「…………姉ちゃん?」
「……………………ねえ、ジン」
「うん?」
声が震える。
別に褒めて貰ったのは初めてという訳でもないのに。
「…………」
急に。
何故か。
上がる前にもう一度くらいキスをしようと思ったのに。絶対にできなくなった。
綺麗だよ。
それがずっと、脳内に繰り返し響いていた。




