第247話 焦った方が良い常識
夏がやってきた。ウリスマへ来て2度目の夏だ。
すぐに旅立つと言っていたペルソナは、未だに道場に滞在している。何が何でもレインを連れて行きたいらしい。
私としては、ジンの修行中である今、レインに居なくなられると困るのだけれど。
それでも、積極的にアプローチをする男性と、それを袖にし続ける女性というものを興味深く見ている。
「湖?」
「ああ。修行の息抜きにな。馬車で南西都市まで出てから汽車を乗り換えて一時間ほどで着く。観光地にもなっててな。湖水浴。どうだ?」
湖水浴。
水浴びを遊びとして楽しんだことは無かった。初めてだ。
「では、水着が必要ですね」
「水着?」
「裸で入る訳にはいきませんよ。大勢の観光客が居るでしょうから。水遊び用の濡れても平気な服です」
そういえば。
私、この人生で『遊び』って、あまり経験が無いかもしれない。ずっと勉強と旅と修行だけだった。遊んだことが無い。オルスでは、本当に少しだけ、年上のエルフの娘達に交ざって手遊びや歌遊びなんかをしたことがあったかもしれないけれど。
「レインの水着だと!?」
今日もペルソナの声は大きい。
「はぁ。まあしゃーないなぁ。昼からでも買いに行きましょか。エルルはん、ルフはん」
「分かったわ」
「はい。……ジンとペルソナ殿は来てはいけませんよ」
こういうことも、知っておきたい。学んでみたい。
そうだ。私はこれまで無意識に避けていたけれど。
お洒落とか、遊びとか、そういうことに関しても全く知識が無いのだ。
オルスに居た時に、姫として人前に出る際の服装と化粧くらいは知っているけれど。そんなの街でやる訳にもいかない。
◆◆◆
当日。
全員で汽車に揺られる。少し走ればもう街は消えて、自然と線路のみの景色になった。
「男どもはいつも以上にはしゃいではるね〜」
「レイン」
ジンはペルソナと打ち解けているようで、男同士あれやこれやとつるんでいる。仮にも『六化六強』だ。教わることは多いだろう。同じニンゲン、同じ男性として。冒険者としてのキャリアもペルソナの方が上だ。
「ねえレイン。どうしてペルソナを受け入れてあげないの?」
「…………直球やねえ。ほいで、ニンゲン界のエルフはやっぱり魔界エルフと価値観がちゃうなあ」
「そうなの?」
訊いてみたかったことだった。ジン達は前の方で騒いでおり、ルフとカナカナも一緒になってお酒を飲んでいる。
聞かれやしない。
「異種族と、なんて。ありえへんのよ。ニンゲンは好きも嫌いもあらへんけど。感覚として、異種族、いうんは。……そう育ったんやもん」
レインにしては歯切れの悪い回答だった。つまりは、彼女も悩んでいるのだ。
「魔界では『エルゲン』はよく生まれると聞いたわ」
「…………それは、ちょっとちゃうなあ。確かにニンゲン界よりは生まれやすいし、ニンゲン界ほど法的文化的なタブーでもあれへんけど。そもそも、エルファレムのエルフいう種族が、排他的なんよ」
彼女は。
ペルソナを嫌ってはいない。
魔力を見れば分かる。
「ほいで、ペル君は生まれた時から知っとるし……。ペル君が赤ちゃんの時から世話しとるんよ? うち、ニンゲンからしたらお婆ちゃんの年齢やし……。好いてくれとるんは嬉しいけど……」
レインの魔力は嬉しそうにしている。ただ、彼女はエルフの社会で育ち、エルフの社会で長く生きてきたのだ。私達が持ち合わせているニンゲン界のものとは違う常識で生きてきた人。
「ルフだって、ジンが赤ちゃんの頃から知っているわ。けれど今では恋人よ。ニンゲンって、成長が凄く早いの」
「…………」
「そして……。ニンゲンは、エルフほど長く生きない」
私にはまだ、『エルフの感覚』は分からない。だから、レインよりは焦りがあるのかもしれない。
そして、お節介にも。私は、レインが少しは焦った方が良いと思った。




