第245話 持たざる者の唯一の幸運
彼の前に立つ。
背は負けている。当然だ。ペルソナは男性なのだから。
「なるほど。凄い魔力だ」
「分かるの?」
彼は私とその周囲を視界に捉え、頷いた。
魔力が見えるというのは生れ付きの特別な才能の筈だ。亜人の。
ニンゲンではそもそもあり得ない筈。
「分かる。見えている訳じゃない。肌で分かる」
「…………」
魔力を肌で。ジンもカナカナから言われていたことだ。私には、分からない感覚。魔導士特有なのだろう。
「エルルさん。受け身の用意を」
「えっ?」
彼は、私に一切触れていない。それは間違いない。魔法も無しに、私に何か影響を及ぼせるとは思えない。魔導とは対魔法であって、本来『受け』の技術だ。
なのに。
「!?」
ぐるん。
視界が回った。
気が付いたら。
「うぶっ!」
倒れていた。
転がされたのだ。
「………………なに、今の」
天井が見える。仰向けだ。意味が分からない。
「魔導術とは、魔を導く技術。その対象範囲は、魔法だけに留まらない」
「………………まさか」
ぞわり。背筋が寒くなる。まさかそんなことが。
いや。聞いていた。知ってはいた。リーリンから、最初に。ジンとエルドレッドが戦っている時に。
けれど。それが、こんなことまでできるだなんて、思ってもみなかった。
「この惑星には、大気中に魔素が満ちている。どこにでもある。必ず。……あなた達は魔素を呼吸によって体内に取り込み、魔臓で魔力に変換、汗腺が変化した魔腺から放出することで魔法を撃ち出す。それが魔法体系の基礎。この惑星の、殆どの生物が常に無意識に行っている、ごく普通の生理現象」
彼の言う通りだ。
ただ。
唯一。
「ニンゲンだけは、魔臓が無い為に魔素を取り込んでも体内で分解して老廃物になるのみ。この惑星の、所謂『人類』と呼ばれる生物グループの内、ニンゲンだけが、魔法を使えない。これは身体の構造上どうしようもなく、ニンゲンとして生まれたならば一生。何をどうやっても魔法は使えない」
知っている。常識どころか。前提だ。この世界の。抗うことの出来ない現実。
「魔素は、この世界のどこにでもある。ここにも。そこにも。……『それら』を操り導く。これはニンゲンにしかできない。体内に魔力が通っていないニンゲンだけが、黒銀の道具を用いて実現可能な技術」
つまり。
彼ら魔導士は。その目指すところは。
『大気を操る魔法使い』。
それと同義。
「『フォルトゥナ』。これが、魔導術の真髄。ニンゲンの到達点。魔素の寵愛を受けなかった唯一の人類が、足掻きに足掻いて辿り着いた極致。持たざる者に最後に残された、唯一の『幸運』」
「…………フォルトゥナ」
私は、そのフォルトゥナで。ペルソナの操る大気中の魔素によって投げられたということになる。
そんなの。
強すぎる。風の魔法どころではない。空気が、世界全てが味方ということか。
大魔法使いだ。
だから彼は、六強のひとりに数えられるのだ。
「カナカナ。あなた私との決闘では――」
「すーぐそういう発想になるのがあんたの癖だな。そう自分を追い込むな。あたしはちゃんと使うつもりだった。だが、あんたはずっと距離を保ってあたしを近付けさせなかったし、近付いたら抱き着いて来たんだ。流石にゼロ距離じゃ使えねえよ」
「……!」
カナカナの手を取って立ち上がる。
「あんたはあたしのフォルトゥナを既に破ってるんだよ。一番最初に言ったろ。魔導士相手にする時は、近付けさせない方が良い」
「まあ、俺のフォルトゥナの射程距離は母より広いがな!」
「黙ってろクソガキ。練度が違えわ」
ジンも同じくフォルトゥナで崩されたのか。相手が亜人でもニンゲンでも構わず使用できる。
「…………凄いわね」
「ま、そもそもフォルトゥナの完全修得まで魔導術を極めてる奴も少ねえけどな。知識として知っておいた方が良い」
これがニンゲンの到達点。ここまでくればもう、亜人の『魔法を使える』という戦術的優位性はほぼ無くなる。
「レイン! 見ててくれたか! 結婚してくれ!」
「いやどす」
「あああああっ!」
その、素晴らしい技術と。
使用者の人間性に相関関係は無さそうだけれど。




