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エルフの姫  作者: 弓チョコ
第10章:克服する心と身体
240/300

第240話 前のめりなもうひとりのエルフ

 ウリスマに、また冬がやってきた。

 この街に来て、1年が経とうとしていた。


 私の魔法は順調だ。既に、レインの魔法と魔術を殆ど修得している。後は練度。

 つまり、ジンの修行も順調だ。私とレインが居るから、効率良くできている。


「そろそろ道場ぶっ壊しちまうな。外へ出ろ。広範囲型の攻撃魔法の対処法と行こうじゃねえか」


 カナカナの鶴の一声で、山の中腹の広場までやってくる。


「で、その前に、だ」

「?」


 ルフが。


 鉄剣をひと振り持って、ジンと向かい合うように一歩出た。


「ルフ?」

「エルル。私もジンに挑ませてください。したことなかったのですよ。彼と試合は」


 何かを決断したような真剣な表情だ。


「ルフ姉ちゃん」

「ジン。私も、強くなりたくて修行しました。今のあなたに通用するなら、恐らく魔界でも足手まといにはならないでしょう。受けてくださいますか?」


 その手に持つ剣は、長い。いつもルフが使っている短剣ではなかった。メスの筋力的に、扱うのが難しいと思う。

 魔力強化で補うのだろうか。けれど、ルフの魔力量では……。


「……分かった。やろう」


 ジンは驚きながらも、頷いて練習用の剣を構えた。


 ちらちらと雪が降る。


 私達はエルフだ。亜人で魔法使い。

 魔法とは、簡単に人を殺すことが出来る。

 ニンゲンには体内で魔力を作り出す臓器が無い為、彼らは魔法を使えない。

 基本的に、自然界ではニンゲンはエルフに敵わない。


 ニンゲン界で亜人への迫害が機能しているのは、亜人は魔法を使ってはならないという法律のお陰だ。いくら亜人でも、ニンゲンの軍隊と、ニンゲンの司法に協力する亜人達には敵わない。


 この世界はそういうパワーバランスの下に成り立っている。


 つまり。

 いくらジンが男だろうと、筋力があろうと。私達がメスであろうと。本来魔法ひとつでひっくり返る。

 それが種族差だ。


「…………ふぅ」


 ルフが、息を深く吐いて。

 胸に手を当てた。剣を持っていない左手で。


 魔力が集まる。彼女の魔臓(エーテル)に。


 知らない魔法?


魔臓加圧(エーテル・ブースト)


 どくん。

 こっちまで聴こえた気がした。

 ルフの左手から発された魔力が、彼女の魔臓(エーテル)を叩いた。鼓動が大きく強く。暴れるように。


「……行きます」

「!」


 次の瞬間。

 金属音。刹那の間に距離を詰めたルフと、なんとか受けたジン。上からの振り下ろし。ジンの足元の雪が弾ける。


「ぐぅっ!」


 唸る。

 ジンの表情が歪む。彼は、手加減をするつもりだったのだろう。ルフにはまさか負けないと。

 その余裕が一瞬で消し飛んで焦る顔。


 ルフは軽やかに、かつヒットの瞬間重厚に。矛盾するような速度と重さを実現させている。一撃一撃が軽く重い。ジンの反撃を許さない。彼の防御は外へ弾かれるようになり、その隙が徐々に大きくなる。


「ぅ……おおおっ!」


 ルフの身体全体から、黄金の水蒸気のようなものが出ている。これが、魔力なのだろうか。彼女の。

 体内魔力の流れが速い。こんな速度、私には真似できない。何かおかしい。ルフが、こんな動きをできるだなんて。


「驚いたろ。ありゃ、あんたにゃ不可能な戦い方だ」

「!」


 カナカナが私の隣に来ていた。


「……何か教えたのね。あれは何?」

魔臓加圧(エーテル・ブースト)魔力強化(マナ・ブースト)との違いは、魔臓(エーテル)に直接魔力をぶちこんで、体内魔力の流れを無理矢理加速させるって点だ。あの速度で制御できるようになってたとは、ルフは元々そっちの才能はあったのかもな」


 魔臓加圧(エーテル・ブースト)。魔臓に直接……。


「危険ではないの?」

「勿論危険だ。魔臓(エーテル)ってのは、本来一番大事に守るべき臓器。それを無理矢理酷使させるんだからな。寿命を削る」

「そんな……!」

「だが、リターンは大きい。一時的に、メスでもオス並みかそれ以上の身体能力を得る。他の魔法を使わなくとも、あれだけでジンを押してるだろ。ただの剣術試合でだ」

「……!」

「要するに、これも『男でもやらねえ戦い方』だ。あんたらエルフふたり、揃って馬鹿だよ」


 見ると、もう。


 押されきったジンは剣を弾かれて。

 尻餅をついた。

 ルフが、彼の首筋に剣を優しく当てる。


「…………参った」

「はい。ありがとうございました」


 ルフがジンに勝った。


「…………ふぅー」

「ルフ姉ちゃん!」


 同時に、ルフは前のめりに倒れて。

 ジンに抱かれるように気絶した。

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