第240話 前のめりなもうひとりのエルフ
ウリスマに、また冬がやってきた。
この街に来て、1年が経とうとしていた。
私の魔法は順調だ。既に、レインの魔法と魔術を殆ど修得している。後は練度。
つまり、ジンの修行も順調だ。私とレインが居るから、効率良くできている。
「そろそろ道場ぶっ壊しちまうな。外へ出ろ。広範囲型の攻撃魔法の対処法と行こうじゃねえか」
カナカナの鶴の一声で、山の中腹の広場までやってくる。
「で、その前に、だ」
「?」
ルフが。
鉄剣をひと振り持って、ジンと向かい合うように一歩出た。
「ルフ?」
「エルル。私もジンに挑ませてください。したことなかったのですよ。彼と試合は」
何かを決断したような真剣な表情だ。
「ルフ姉ちゃん」
「ジン。私も、強くなりたくて修行しました。今のあなたに通用するなら、恐らく魔界でも足手まといにはならないでしょう。受けてくださいますか?」
その手に持つ剣は、長い。いつもルフが使っている短剣ではなかった。メスの筋力的に、扱うのが難しいと思う。
魔力強化で補うのだろうか。けれど、ルフの魔力量では……。
「……分かった。やろう」
ジンは驚きながらも、頷いて練習用の剣を構えた。
ちらちらと雪が降る。
私達はエルフだ。亜人で魔法使い。
魔法とは、簡単に人を殺すことが出来る。
ニンゲンには体内で魔力を作り出す臓器が無い為、彼らは魔法を使えない。
基本的に、自然界ではニンゲンはエルフに敵わない。
ニンゲン界で亜人への迫害が機能しているのは、亜人は魔法を使ってはならないという法律のお陰だ。いくら亜人でも、ニンゲンの軍隊と、ニンゲンの司法に協力する亜人達には敵わない。
この世界はそういうパワーバランスの下に成り立っている。
つまり。
いくらジンが男だろうと、筋力があろうと。私達がメスであろうと。本来魔法ひとつでひっくり返る。
それが種族差だ。
「…………ふぅ」
ルフが、息を深く吐いて。
胸に手を当てた。剣を持っていない左手で。
魔力が集まる。彼女の魔臓に。
知らない魔法?
「魔臓加圧」
どくん。
こっちまで聴こえた気がした。
ルフの左手から発された魔力が、彼女の魔臓を叩いた。鼓動が大きく強く。暴れるように。
「……行きます」
「!」
次の瞬間。
金属音。刹那の間に距離を詰めたルフと、なんとか受けたジン。上からの振り下ろし。ジンの足元の雪が弾ける。
「ぐぅっ!」
唸る。
ジンの表情が歪む。彼は、手加減をするつもりだったのだろう。ルフにはまさか負けないと。
その余裕が一瞬で消し飛んで焦る顔。
ルフは軽やかに、かつヒットの瞬間重厚に。矛盾するような速度と重さを実現させている。一撃一撃が軽く重い。ジンの反撃を許さない。彼の防御は外へ弾かれるようになり、その隙が徐々に大きくなる。
「ぅ……おおおっ!」
ルフの身体全体から、黄金の水蒸気のようなものが出ている。これが、魔力なのだろうか。彼女の。
体内魔力の流れが速い。こんな速度、私には真似できない。何かおかしい。ルフが、こんな動きをできるだなんて。
「驚いたろ。ありゃ、あんたにゃ不可能な戦い方だ」
「!」
カナカナが私の隣に来ていた。
「……何か教えたのね。あれは何?」
「魔臓加圧。魔力強化との違いは、魔臓に直接魔力をぶちこんで、体内魔力の流れを無理矢理加速させるって点だ。あの速度で制御できるようになってたとは、ルフは元々そっちの才能はあったのかもな」
魔臓加圧。魔臓に直接……。
「危険ではないの?」
「勿論危険だ。魔臓ってのは、本来一番大事に守るべき臓器。それを無理矢理酷使させるんだからな。寿命を削る」
「そんな……!」
「だが、リターンは大きい。一時的に、メスでもオス並みかそれ以上の身体能力を得る。他の魔法を使わなくとも、あれだけでジンを押してるだろ。ただの剣術試合でだ」
「……!」
「要するに、これも『男でもやらねえ戦い方』だ。あんたらエルフふたり、揃って馬鹿だよ」
見ると、もう。
押されきったジンは剣を弾かれて。
尻餅をついた。
ルフが、彼の首筋に剣を優しく当てる。
「…………参った」
「はい。ありがとうございました」
ルフがジンに勝った。
「…………ふぅー」
「ルフ姉ちゃん!」
同時に、ルフは前のめりに倒れて。
ジンに抱かれるように気絶した。




