第24話 夏の終わりと覚悟の親子
長かった夏が終わる。
「本日付けで、退職いたします」
「えっ……」
あの、ルフの最後の授業から数日後だった。私の護衛を辞めると言ったのだ。もう既に、母には伝えてあるらしい。
「ヒューイが死んだとギルドから報告がありました」
「ひゅ……」
死んだ。
ルフの口から。
なんだって?
「ちょっと待って。死んだ? ヒューイが……?」
「私はすぐに、ギルドに戻らねばなりません。護衛の任務を中途半端に中断してしまうことを、お許しください」
「いや、許すっていうか……。ちょっとルフ」
「エルル様」
「!」
私は、ルフの魔力を感じ取れる。相当に焦っているようだった。
そう言えば。ふたりはどんな関係だったのだろう。ニンゲンの男性であるヒューイと、エルフの彼女と。
「森を出られる際は、一度、冒険者ギルドへお越しくださいませ。きっと歓迎されますから」
「それは分かってるわ。約束。一度は訪れるから」
「約束、ですよ」
既に荷物を纏め終え、旅装姿で挨拶に来たルフ。まだ早朝だ。このまま、誰にも見送られずに出るつもりだ。思えば彼女は、私以外と殆ど会話をしていないようだった。
「それでは。エルル様とご一緒できて幸せでした」
「……私もよ。ルフに沢山、教えてもらって。ありがとう」
お互い、無理やり笑って。
ルフは、振り返らずに、風のように駆けていった。
◇◇◇
その足で。
母の執務室へ向かった。
「お母様」
聴かねばならない。いずれは、必ず。そう思っていたのだ。
今だ、と。
「……ルフ。あの子は正しいわ」
「えっ」
「ごめんなさいね。あの子、直前まで言い出さなかったでしょう。責任感が強いのでしょうね」
「……はい」
いつも通りの朝。いつも通り優しい表情の母。優しい声色。私と同じ緑柱石の長い髪。優しい視線。私と同じ緑柱石の瞳。
けれど油断はできない。母の魔力だけは、読み取れない。きっと、私と同じなんだ。魔法においては、私より遥か先を行っている。地獄耳の魔法で母の私生活を覗くこともできない。
「女性の楽園と言うなら。本来は。……大勢の……気が利いて、理解があって、なんでもしてくれて、全部褒めてくれて、肯定してくれて、貢いでくれる、若くて美しい男性に囲まれた、逆ハーレムのことなのよ」
母から出たとは思えない言葉の羅列だった。母は男性嫌いだった筈だ。恐らく――世界で一番の。
「お母様……?」
「こちらへいらっしゃい。エルル。あなたの口から、言い出しなさい」
母が私を名前で呼ぶ時は。
「……はい」
ルフだ。彼女が最後に、母へ何か言ったのだ。
全てを悟ったような表情。覚悟と受容の視線。
私も覚悟を決める。11年間、言い出せなかったことを。
「私の、父親について。最後にそれを、お母様の口から聴きに来ました」
「…………そうね。私はもう既に、あなたを止められない。私は一生ここに、釘付けだから」
私と母は、実の親子だ。それは間違いない。つまり、母と交尾をした男性が居て。妊娠して、私を出産したということだ。
男性が嫌いで、こんな地獄まで作ってしまう母が。
「エルル。あなたの父親は、冒険者だったの」
「!」
夏が、終わる。




