第236話 強く弱い混血の為の理由
引き籠もってしまった。
ジンではない。
私がだ。
「………………」
膝を抱えて、色んなことを考える。窓の外をたまに見る。
気付くと、陽が暮れている。
エルフの代謝やエネルギー効率はニンゲンと異なる。ハーフとはいえ、別に数日何も口にしなくとも問題ない。
「魔導術の修得には段階があるそうです。全部で5段階の内、今まで2つ目で止まっていたそうですが。今日、3つ目をクリアしたそうです」
ジンの修行は、あの日から急激に進んだらしい。順調過ぎるほどに、成長していっているのだとか。
良いことだ。
その筈だ。
「……エルル。どうしてしまったのですか。冒険者であるあなたが、部屋へ籠もりきりなど」
どうして性欲があるのだろう。
そう、彼は言った。
どうして。
私には無いのだろう。
「ルフ」
「……はい」
呼ぶ。来てくれる。しゃがんで目線を合わせる。
唇を重ねる。
「…………ねえルフ。キスをすると、『エロい気持ち』になるのよね」
「まあ、大体は。キスからボディタッチ、前戯に繋がるのは割と普通の範疇だと思います」
「………………今も?」
「……やれと言われれば、今すぐにでもエルルを脱がして押し倒しますが」
「……………………」
ルフのことは分かってきた。キスをした後、顔が赤い時がある。あれが、『エロい』ということなのだろう。ルフは人生経験も豊富なため、ある程度自分でコントロールできるみたいだけれど。
「…………エルフって、いつ『エロに興味を持つの?」
「……基本的には、他の種族と変わりません。同じ人類ですからね。10代前半くらいからだと思います」
じゃあ私は。
何故。
21歳を過ぎても。
その気持ちが分からないのだろうか。
「……レドアン大陸の亜人病院で、ついでに検査してもらえば良かったわ。私、やっぱり何かおかしいのよ。レイプされたトラウマと、身体のことは別でしょう? 第二次性徴期も過ぎたのに。もう身体は立派に大人なのに。ルフのこともジンのことも好きなのに。……好き以上が無いのよ」
視界が滲む。
涙が出ている。いつ振りだろうか。
「だから、ジンと上手くいかないのね。なんだか心が、すれ違っていると思うの。あの顔。私、何て言えば良いか分からなかった。彼が何を求めているか。多分、間違ったことを言ってしまった。気を回せなかった」
普段くっついて来るのに。最近ようやく1回だけキスさせて。妻になると言っているのに。その癖、男性器を見せると吐いて倒れる。
意味不明だ。こんな女。
「…………少なくとも、ジンは気にしていません」
「なんでよ」
ルフが。
抱えた膝ごと抱き締めてくれた。
「彼は今、エルルの為に修行をしています。……今だけではありません。8年前から。ずっと。エルフィナ様からの報せとか。A級試験とか。そんなことではなく。エルルの為なんです」
「…………」
「魔導術を始めたのも、エルルを守れるようになる為です。彼の行動は全て、エルルの為にやっているのです」
ルフはいつでも私に優しい。
そして。
自分ひとりで解決したジンに比べて、私はルフに頼らなければいけないほど弱い。
「エルルが強いから。そのエルルを守れるレベルに、彼はならなくてはいけなかった。普通のニンゲンの戦士では、魔界へは行けないのです」
閉じ籠もって、何日経っただろうか。
そろそろ、立ち上がらなければいけない。




