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エルフの姫  作者: 弓チョコ
第10章:克服する心と身体
235/300

第235話 無意識に押し付けられる傷

 ジンは、道場には帰ってきていないらしい。午前中ずっと、彼を探していた。街には居なさそうだと思い、山へ入る。

 夏の日差しを浴びながら。


「……こういうのはどうでしょう。ズボンの上から。若しくは、エルルは後ろを向いて。……ジンに抱き着けるということは、男性器は隠されていて見えなければ良いのではないでしょうか」

「…………それはありだわ。服の上からなら、触れるかもしれない」

「彼に密着して。キスをしながら。触ってあげるのです」

「ええ」


 カナカナと戦った開けた場所までやってきた。ジンが居た。崖に脚を投げて座っていた。山を背に、街を眺めるように。


「ジン」


 声を掛ける。一晩中、そうしていたのだろうか。


「ごめんなさい」

「……」


 彼も彼で悩んでいる。その元凶はやはり私なのだ。

 私が性格的、性的に彼の望み通りの『女』であったなら。


「俺、やっぱり我慢するよ。別に、いつも自分でしてるし。姉ちゃんとキスできただけで充分だ。それで充分だよ」

「…………ジン」


 彼は振り向いてくれず、景色を見ながら応えた。


「それにさ。冷静に考えると。俺達って、冒険者パーティだから。……あんまり、そういうことしすぎるのも良くないかもって」


 彼は。

 『冒険者』に憧れを抱いている。憧れるべき『冒険者像』があるのだ。

 戦士と。魔法使いと。

 冒険のお伽噺。


「…………まだ、良いよ。今は。急ぎすぎたんだよ。そりゃ、俺だって、いずれは……って思ってるけどさ」

「…………」


 彼に近付く。

 風が吹いた。その風に乗って。


 ()()()()()が流れて来る。


「…………隣、良い?」

「今、汚いよ俺」


 座る。横顔を見る。スッキリした表情だった。一晩考えて、結論に至ったのだろう。


「エル姉ちゃん」

「旅の道中。ずっと汚いじゃないの。慣れてるわよ臭いや汚れなんて。お互い様でしょう。私だって」

「……いや、姉ちゃん達は凄え匂いだよ」

「凄えって何!?」

「……えっと。女の匂いっていうか。……凄えエロい匂い」

「えっ。そんなのしてるの? ルフ?」


 すぐ後ろにルフ。振り返ると、彼女は肩をすくめて溜め息。


「……フェロモンというやつでしょうかね。旅というのはある種極限状態ですから。近くに異性が居たらより魅力的に感じるかもしれません」

「…………フェロモン」


 自分で嗅ぐ。全く分からない。まあそもそも、私にはまだ『エロい』が分からないのだけど。


「いつまで我慢するつもりなの?」

「…………姉ちゃんのことだよ。なんでそんなに、前向きになれるの? また、倒れるかもしれない。もう、しばらく俺に近付かない方が良いよ」

「………………」


 さっきから。彼がこちらを向いてくれない。

 一度も目を合わせてくれない。


「…………ごめんなさい。あなたを、傷付けてしまった」

「だから。俺じゃないってば」


 ニンゲンには魔力は流れていない。彼の感情が分からない。怒っているのか。悲しんでいるのか。その表情からは。


「………………」


 次の言葉が出ない。口が、脳が止まった。


「……修行の為。そんなんで、エル姉ちゃんとそういうこと、したくない」

「!」


 そもそもは。

 それが目的だったかもしれない。そしてもっと辿ると。私が、母からの報せに間に合う為だ。

 私の為。自分の為。


 ジンは私との行為を、大切にしてくれているのだ。


「…………なんで、性欲なんてあるんだろう。男に。今、一番要らない。俺、修行にならない上にエル姉ちゃんを傷付けて、ルフ姉ちゃんに我慢させて。……なんで。コントロールできないんだろう。自分のことなのに」

「………………」

「今は一刻も早く修行終わらせないといけないのに」

「…………ジン」

「エル姉ちゃん」

「!」


 そこで。

 名前を呼ばれて。見ると、目が合った。

 真剣な黒い瞳。


「傷付いてるのはエル姉ちゃんだ。俺に、押し付けるように謝らないでくれよ。苦しいのはエル姉ちゃんだ。そこを間違えたら、ダメだ」


 ……近付いたのは。横に座ったのは。キスをするためだ。その先をするためだ。


 今はしてはいけないと思った。

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