第234話 頑張り過ぎている優しい人達
ウリスマに来てすぐくらいに、図書館で調べた。
キャスタリア大陸での、15歳以下の少女の強姦件数は。その割合は。
およそ4人にひとりが、18歳までになんらかの性暴力を受けたことがあるという計算になるという。勿論キャスタリアは広い。国によって偏りはある。例えばイレンツは性犯罪は少なく、逆にシプカでは年々上昇傾向にある。
性暴力と言っても、強制性交だけではない。強制性交……所謂強姦・レイプに限ると……。
およそ10人にひとりが、被害に遇っている。それも、当局が確認できた範囲でのことだ。実際はもっと多いだろう。亜人の扱い。行為後の殺害。台帳に登録されない孤児。戦争など。
文明の発達と共に減少傾向にはあるみたいだけれど。
客観的に言ってしまえば、レイプなどさほど珍しくもない犯罪なのだ。
本当に、胸糞が悪い。
◆◆◆
「……………………」
私はあのまま、気絶したらしい。今も怠い。うまく動かない。体内の魔力が乱れているのが分かる。ルフとのキスの時とは、真逆の理由によって。
「……謝らないで」
最初にそう言っておかないと。あなたは自分を責めるでしょう。
ルフが、目が覚めた私に気付いて水を持ってきてくれた。
「エルル」
「ありがとう」
最初にそう言っておかないと。
上体を起こす。グラスを受け取る。
「………………床を汚してしまったわね」
「もう掃除しました」
まさか、嘔吐するとは。自分でも分からなかった。嫌悪感や拒否感ではなかった。突発的に。吐いて気絶しないと保たないと身体が勝手に判断したのだ。
「……必要な、儀式だったわ。無理にでも。ああしないといけなかった。そう思う」
「本当ですか? 私は、エルルをあんなにさせるくらいなら」
ルフの方が、泣きそうになっていた。それを見て、私の方が、口元を緩めてしまった。
「ジンは?」
「……出ていきました。何もしていません。行き先も分かりません」
「そう」
ルフは、俯いていた。ショックだったろうと思う。私が、急に、嘔吐して倒れたのだから。
男性器を見ただけで。
「…………」
もう暗くなっていた。ジンは戻って来ないのだろうか。……そりゃそうか。彼の気持ちを考えると。今は、私と会うのを避けるだろう。
「ルフ。あなたもベッドへ来て」
「…………失礼します」
意外と、私の気分は悪くなかった。震えも汗も。耳鳴りも治まっていた。少し、頭が冷静だ。
まるで押し込めていた悪いものを全て吐き出したみたいに。
ルフが、同じ布団に入ってくる。体温を感じる。
「今日はあなたが私に甘える約束だったわ」
「……無理ですよ。あんなことがあったエルルに」
「……多分、大丈夫。ちょっと、話すから。聞いて頂戴?」
「…………?」
抱き締める。ルフも、しがみついてくれた。
「一生苦しむことになる。……昔誰かに言われたわ。心の傷は、治らないことも多いって」
「はい」
「もう、10年前なのにね。それからジンと出会って、随分経つのに。抱き着くことだって、キスだってできるようになったのに」
「はい」
「……あと一歩。悪いけれど、付き合って欲しいの」
「…………そこまでして、やることではないかもしれません」
ルフの方が、折れている。多分、気絶する直前の私は、とんでもなく酷い顔をしていたのだろう。
「…………ルフ」
「はい」
「あなたは、逆に。ねえルフ。性的欲求はあるわよね」
「…………それは」
「気を遣わないで教えて」
「…………はい。正直、ライトキスだけでは……と思っていました」
ライトキス。軽いキス。つまり、いつも私達がやっているキスのことだろう。
「危なかった時もあります。エルルを襲っていたかもしれません」
「そうなの?」
ルフが腕を、私の背に回した。抱擁が強くなる。彼女の顔が、鼻先が私の胸に擦り付けられる。
「舌を入れて。脱がして。……もっと触り合って。擦り合わせたいと。我慢していました」
「…………やっぱり」
「ジンのを見た時。大きくて、期待しました。こんなことエルルに、言える筈もありません」
ルフが、頑張り過ぎている。
ルフェルやレインの言う通り、本来なら私達は、もう既にやりまくっていて当たり前なのだろう。それを。私とジンを気遣って。私のことを考えて。
頑張り過ぎている。
「……私の方が、あなたに謝らないといけないのよね」
「そんなことはありません」
「だって。そんな話を聞いても。……まだ、あなたとだって、性行為は怖いもの」
「分かっています」
「ええ。お互い、分かっていることを分かっているの。ごめんなさい」
「エルル……」
抱き締める。
「ジンを探して、謝らなきゃ」
「……今日はもう、休みましょう。ジンも冒険者ですから、問題ありませんよ。今はエルルの体調が心配です」
「……ありがとう。お休みなさい」
こんなに、優しい人達も居るのに。




