第232話 小さく連呼する期待
「ふぅ……」
多分、無意識。いや、意識して、声を押し殺していた筈。声にならない息が、何故か聴こえた。
私達は口を離して、彼女を見る。
その息が聴かれてしまったことに気付いた彼女は、申し訳無さそうに口を結んだ。
「ルフ。ありがとう。何もかもあなたのお陰だわ」
「あー……。うん。ルフ姉ちゃんが一番の苦労人かもね」
私とジンをキスさせるまでに。
10年掛けたのだ。
溜め息くらい、出る。
「…………ではエルル。今夜は私がエルルに甘えて良いですか」
「勿論よ。というか、毎日でも良いのに。自分に厳しすぎだわあなた」
「……これで、良いのです。私は。……それと。ではもうひとつ」
「?」
ルフが、やってくる。私に、ではなくて。ジンに。
「ルフ姉ちゃ――!」
「口を閉じなさい。ジン」
勢いよく。飛び掛かるように。
彼の頭をがっちりとホールドして、唇を押し当てた。
「んんっ!」
「………………!」
ずるり。力が抜けたのか、ジンはベランダの柵を背に座り込む。
ルフは止まらない。止めない。キスを続ける。情熱的に。
「っは」
ようやく、離した。
ジンは、驚いて目を丸くしている。ルフは、糸を引く唇をぺろりと舐めて。
「私にもご褒美、貰いましたよ。ああようやく、あなたとキスできました」
「…………る、ルフ姉ちゃん……」
「何ですかその顔。声。可愛いですね。女の唇を知ったばかりの少年。私はさておきエルルです。不足は無いでしょう」
この瞬間。
私もジンも、この人に敵わないことが決まった。
◆◆◆
「さて、部屋へ戻りましょう。誰に見られているか分かりませんよ」
ルフ主導で、まだこの会は続く。ベッドにジンを座らせて、私達は床に。
「えっと……」
言われるがまま、座るジン。
「エルル。今日はここでやめておきますか? それとも、もう1段階だけ、進みますか?」
「……!」
見る。
ルフの視線の先。
彼の、ズボン。
股間の位置。
不自然なテントができている。
「キスをしましたからね。それも2回も。ふたりと。……こうなるのは自明です」
「…………ちょっと、待って。これ……っ」
何より恥ずかしいのは。ジンの筈だ。
「………………ヤバい恥ずい。ヤバい」
ずっとヤバいと連呼している。両手で顔を覆って。
「………………。だん、せい……き」
大きい。
いや。ズボン越しだからそう見えるだけだろうか。
とてつもない存在感を放っている。
「エルル。今日はまだ、エルルが選べます。今でなくとも良い。その場合、私が処理します。そして今後、数日に一度程度、この処理を行います。それで取り敢えず、当初の問題は解決するでしょう」
「…………当初の問題?」
ジンの質問が、彼の口を覆う両手の隙間から発せられた。
「あなたが最近、修行に集中できていない問題です。心当たりはあるでしょう」
「……………………」
ジンからの返事は。少し、間が空いて。
「……うん」
肯定。
「でも。どうしようもなくて。悪いと思ってるんだけど」
「はい。だから、取り敢えず今日。勃起させてしまった私がなんとかします。…………良いですか、エルル」
「……!」
私達とジンとの関係は、私から。それが、ルフの願いだった。
そうして、キスがなされた。同時に、ジンの性欲は頂点に達した。
どうにかしなければならない。だけど、私がここで辞退しても、ルフが居る。
セックスではない。だから、私でなくても良い。それがルフの考え。
……私は。
ルフに従う。
「…………頑張る」
「再三言いますが、無理だけはしないよう。まずは、見慣れましょう」
「…………ええ」
ヤバい。恥ずい。
ジンがまた、小さく連呼し始める。けれど、抵抗はしない。私達に委ねている。
そして。
私達に、期待している。




