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エルフの姫  作者: 弓チョコ
第10章:克服する心と身体
230/300

第230話 避ける紳士的な獣

 私達はカナカナの許可を得て、ジンに休みを取らせた。そして、彼を誘った。

 この話し合いを、ルフとふたりだけでするのが忍びなかったのだ。そう伝えると、ルフは笑って頷いてくれた。


 私達とジンの寝室が異なるのは。客と弟子だからであって。

 女と男だから、ではない。






◆◆◆






 夏祭りだという。冬明けの祭りと同じく、街に装飾が施され、広場には櫓が立ち。


 花火が空に打ち上げられている。


「姉ちゃん」

「ジン。いらっしゃい。さあ入って」


 ホテルを借りた。

 流石に、道場でする話じゃない。


 良いホテルだ。4階建ての最上階。ベランダも広くて、お洒落なテーブルと椅子がある。そこから、花火がよく見える。


 3人で、腰掛ける。ルフが、グラスを用意してくれた。


「何を飲みますか?」

「えっと。水で良いよ」

「果実のジュースは?」

「あー……。じゃ、それで」

「分かりました。エルルは、お酒は?」

「そう言えば、いつの間にかオルスでの成人年齢を過ぎていたわね。お酒、飲んだことないけれど。今日は止めておこうかしら。ルフは詳しいの? また教えて」

「分かりました。では」


 3人同じジュースだ。それぞれ配膳して、ルフも座った。

 円形のテーブルに、私達が丁度正三角形の頂点。


「乾杯? じゃあ、ルフの誕生日祝いね」

「そっか。ルフ姉ちゃんおめでとう」

「……今日の話には関係無いのですが……。ありがとうございます」


 カチンと、グラスを合わせた。


「それで、何の話?」


 ジンが訊ねる。


「…………私達の話です」

「?」

「ジン。深刻かつ、真面目な話です。聞いてくれますか?」

「勿論」


 どこから切り出すか。


「ねえジン。私達は、本当に何でも言い合えるパーティで居たいのよ」

「? うん。良いよ」

「だからね。……ちょっと勇気が要るけれど、話すわね」

「……うん」


 ジンは何も知らない筈だ。最近、修行の調子が悪いことも。その理由も。無意識の筈だ。

 いや、分かってはいるけれど、結び付いて居ない筈だ。

 だから、それを言及はしない。


「…………ふぅ」


 息を吐く。小さく。整える。ルフが視線で、エールを送ってくれる。

 ジンにも緊張感が伝わり、真剣にこちらを見てくれる。

 凛々しくなった、青年の。


「…………私達の関係を。進めたいのよ」

「………………」


 言った。

 少し、遠回しだけれど。


 ジンは一瞬、何のことかと考えて。


 思い至ったようで。

 目を見開いた。


「それは……。姉ちゃん。俺は……」

「……ええ。あなたの意見を聞かせて。ずっと、私に遠慮して、話題にするのを避けていたでしょう」

「………………でも」

「良いのよ。言って?」

「…………」


 受け止める。受け入れる。だって私は、やがてこの人の子を産むのだから。その覚悟は、もうしているのだから。

 それがいざ、現実的になってきたからといって。尻込みしてなんていられない。

 ジンが、小さく頷いた。


「……確かに、避けてたよ。エル姉ちゃんは、その。男に、嫌な思い出があるから。俺は男だから。それを、思い出させちゃいけないから。俺は、姉ちゃんに嫌われたくなくて。……好き、だけど。エデンでも言ったけど。それ以上は、俺から言ったら駄目だって」

「ええ」


 分かっている。

 この人の考えていること。共感できる。嬉しい。私のことを考えてくれていると分かっている。


 とても紳士的で。真摯的だ。


「だから……。でも。分からなくて。どこまで、近付いて良いのか。触って、良いのか。……距離感も、加減も。ルフ姉ちゃんに相談したこともあったんだ」

「そうなのね」


 魔力が無ければ、私はただのニンゲンの女と変わらない。すると、例えば無理矢理組み伏せられれば、彼に抵抗できない。彼を好きな私は魔法を使えない。彼を信頼している私はショックで硬直する。

 なすすべなく、犯されるだろう。あの日の再来。今度はもっと深い絶望に落ちて、二度と這い上がれない。


 そんな未来は、あり得る。


 この、紳士すぎる男性に。優しすぎる私の幼馴染に。そんなこと、させない。絶対に。

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