第230話 避ける紳士的な獣
私達はカナカナの許可を得て、ジンに休みを取らせた。そして、彼を誘った。
この話し合いを、ルフとふたりだけでするのが忍びなかったのだ。そう伝えると、ルフは笑って頷いてくれた。
私達とジンの寝室が異なるのは。客と弟子だからであって。
女と男だから、ではない。
◆◆◆
夏祭りだという。冬明けの祭りと同じく、街に装飾が施され、広場には櫓が立ち。
花火が空に打ち上げられている。
「姉ちゃん」
「ジン。いらっしゃい。さあ入って」
ホテルを借りた。
流石に、道場でする話じゃない。
良いホテルだ。4階建ての最上階。ベランダも広くて、お洒落なテーブルと椅子がある。そこから、花火がよく見える。
3人で、腰掛ける。ルフが、グラスを用意してくれた。
「何を飲みますか?」
「えっと。水で良いよ」
「果実のジュースは?」
「あー……。じゃ、それで」
「分かりました。エルルは、お酒は?」
「そう言えば、いつの間にかオルスでの成人年齢を過ぎていたわね。お酒、飲んだことないけれど。今日は止めておこうかしら。ルフは詳しいの? また教えて」
「分かりました。では」
3人同じジュースだ。それぞれ配膳して、ルフも座った。
円形のテーブルに、私達が丁度正三角形の頂点。
「乾杯? じゃあ、ルフの誕生日祝いね」
「そっか。ルフ姉ちゃんおめでとう」
「……今日の話には関係無いのですが……。ありがとうございます」
カチンと、グラスを合わせた。
「それで、何の話?」
ジンが訊ねる。
「…………私達の話です」
「?」
「ジン。深刻かつ、真面目な話です。聞いてくれますか?」
「勿論」
どこから切り出すか。
「ねえジン。私達は、本当に何でも言い合えるパーティで居たいのよ」
「? うん。良いよ」
「だからね。……ちょっと勇気が要るけれど、話すわね」
「……うん」
ジンは何も知らない筈だ。最近、修行の調子が悪いことも。その理由も。無意識の筈だ。
いや、分かってはいるけれど、結び付いて居ない筈だ。
だから、それを言及はしない。
「…………ふぅ」
息を吐く。小さく。整える。ルフが視線で、エールを送ってくれる。
ジンにも緊張感が伝わり、真剣にこちらを見てくれる。
凛々しくなった、青年の。
「…………私達の関係を。進めたいのよ」
「………………」
言った。
少し、遠回しだけれど。
ジンは一瞬、何のことかと考えて。
思い至ったようで。
目を見開いた。
「それは……。姉ちゃん。俺は……」
「……ええ。あなたの意見を聞かせて。ずっと、私に遠慮して、話題にするのを避けていたでしょう」
「………………でも」
「良いのよ。言って?」
「…………」
受け止める。受け入れる。だって私は、やがてこの人の子を産むのだから。その覚悟は、もうしているのだから。
それがいざ、現実的になってきたからといって。尻込みしてなんていられない。
ジンが、小さく頷いた。
「……確かに、避けてたよ。エル姉ちゃんは、その。男に、嫌な思い出があるから。俺は男だから。それを、思い出させちゃいけないから。俺は、姉ちゃんに嫌われたくなくて。……好き、だけど。エデンでも言ったけど。それ以上は、俺から言ったら駄目だって」
「ええ」
分かっている。
この人の考えていること。共感できる。嬉しい。私のことを考えてくれていると分かっている。
とても紳士的で。真摯的だ。
「だから……。でも。分からなくて。どこまで、近付いて良いのか。触って、良いのか。……距離感も、加減も。ルフ姉ちゃんに相談したこともあったんだ」
「そうなのね」
魔力が無ければ、私はただのニンゲンの女と変わらない。すると、例えば無理矢理組み伏せられれば、彼に抵抗できない。彼を好きな私は魔法を使えない。彼を信頼している私はショックで硬直する。
なすすべなく、犯されるだろう。あの日の再来。今度はもっと深い絶望に落ちて、二度と這い上がれない。
そんな未来は、あり得る。
この、紳士すぎる男性に。優しすぎる私の幼馴染に。そんなこと、させない。絶対に。




