第229話 頑張らなければならない役割
「私は……」
「エルルは、故郷オルスで森から出てすぐに男性から性被害に遇っています」
「!」
私を遮るルフ。これも、彼女なりの親切だ。私が自分から言うことのハードルを分かってくれている。
「…………私は、極度に男性が苦手になったの。今でこそ、普通に会話したりできるようになったけれど。一時期はそれも無理だったわ」
「それは…………。そないなこと、ほいほい他人に言ったらあきまへんて」
「レインだから言ったのよ。いつもお世話になっているし、信頼できるから」
「…………エルルはん」
私の人生、私の世界において。
ジンが希望なのだ。
慎重に進めたいという私の気持ちを、ルフは汲んでくれている。
何かが間違えてしまえば、私はもう対男性という点で、立ち直れなくなる。そんな気がするから。
そして、ジンもそれを気にかけてくれている。自らの性欲を押し殺して。私に、必要以上に触れようとしていない。
触れるなら、私から。それが暗黙のルール。
「…………ジン君、本当にエルルはんのことが好きなんやね」
「そう思います。彼は、私とイチャイチャすることもやんわりと拒むのです。エルルに悪いからと」
ただ。
それももう、限界に近い。
「ほいで、エルルはんも好きなんやね」
「……ええ。彼が幼い時に出会って。彼のお陰で、男性を克服できるかもしれないの。私は、彼と一緒になりたいのよ」
レインはそういうことを、私に言ってきてくれているのだ。
「事情は分かりましたわ。ほんなら後は、ルフはんに任せたらええね。修行が延びるのはうちもカナちゃんもええけど、タイムリミット、あるんやろ?」
「…………はい。なんとかします」
タイムリミット。
エーデルワイス使節団が、レナリア大陸プレギエーラから帰ってきて。母から私に連絡が来るまで。
それまでに、私達はA級パーティになっていなければならない。でなければ、魔界へ行くことができない。
冒険者としてもそうだけど、『エルフの姫』として、その務めを果たせなくなる。
ジンの修行と、私の成長は必須だ。彼は魔導術を修めて、私はカナカナに勝たなくてはならない。
一刻の猶予も無い。
◆◆◆
「……どうしますか」
レインが退室して。
私は、ルフの膝に頭を預けた。
「…………ねえルフ。『抜く』って何?」
「俗語ですね。主に男性の性欲を発散させることを言います」
「…………それは、女性を抱かないといけないのよね」
「必ずしもそうではありません。男性の性欲の発散とは射精のことを言います。女性には、それらを手や口で行う技術もあります。何も繁殖行為だけを性的行為と言う訳ではありません」
「そうなの?」
「では、そろそろ説明しましょう。これまで避けてきた、性教育を」
「…………」
起き上がる。真面目な話だ。
「…………私はずっと、ジンとのキスを悩んでいたわ」
「ええ。それも大事ですから。しかし、キスだけではジンは満足しないでしょう。満足できないのです」
「……射精をしないといけないのね」
「はい。エルレインの様子だと、思ったよりも、深刻かもしれません。今、エルルとジンをふたりきりにしてキスをさせるのは危険ですね」
「そうなの?」
「男は、上半身と下半身で別の生き物です。本当はしたくないのに、エルルを襲ってしまうかもしれません。それだけは避けなくてはなりません。パーティの終わりです」
「………………この前の祭りの時、不用意に抱き着いたのは良くなかったのね」
「いえ。あの時は、あれが有効だと私も思っていましたから。エルルは悪くありません」
どうにか、ジンの性欲を発散させなければならない。
そしてそれは、ルフではなく。私の役割なのだ。
何故なら、私が男性を完全に克服しない状態でルフがジンと性的関係になってしまうことを、ふたりが遠慮しているから。
私が克服するなら、それはジンとの性行為でなければならない。
私が、頑張らないといけないこと。




